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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇

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六十八、明けの明星

 明けの明星が見えた頃、再び産屋(うぶや)の戸が開いた。すわ(みお)が出て来るかと思いきや、出て来たのは赤子と産婆だけ。

「お父上様、暫くお子をお任せしても良いですか?もう襁褓(むつ)は着けて居りますから」

「勿論構わないよ。どうやって抱くの?」

 時記(ときふさ)は産婆から首の据わらない赤子の抱き方を教わり、泣かれる事無く引き取った。

「どの位抱いていれば良いのかな?」

「澪さまのお体を浄めますので、その間だけ。悪露(おろ)はもうだいぶ押し出しましたから、其の後、宮にお帰り頂けますよ」

 聞き慣れない言葉が一つ有ったが、女の誇りに関わっていては為らない。そう思い、時記は大人しく、初めての子守に専念した。

 産屋の内では、やっと足に力を取り戻した澪が体を拭かれている。何故生まれた後に腹を圧すのか、と聞いたら、汚れを出す為との事だった。悪露と云う其れは、押し出して置かねば後々母体を苦しめるのだそうだ。

「おかしな物は何も出て参りませんから、次のお子も望めますよ」

「そうですか、良かった…」

 勿論、今し方生んだ子も可愛い。しかし澪には、もう一人時記の種で生むという夢がある。子を区別する事はしない、澪の中でだけの問題だ。

「ただ、共寝は月の忌みが来るまでは控えて下さいませね。最初の忌みが来るまでは、澪さまも一応襁褓をお着け下さいな」

「え、ああ、そうなのですか?」

「はい、最初の忌みが来ないと、孕める状態までお体が戻りません」

 これで終わり、と膝の裏を拭かれ、澪は襁褓と裳を着けた。三、四日は共用の湯にも入ってはいけないと云う。湯殿に腰湯を用意するから、赤子と共に来る様にとの事だ。

 そして戸が開けられ、朝焼けの空を背景に赤子を抱いている時記に迎えられる。

「澪、頑張ってくれて有り難う」

 相変わらず柔らかい声は、今は歓喜に満ちていた。

「私にも抱かせて下さい…」

「うん、此処に手を添えて…そうそう、背中はしっかり抱えてあげるんだ」

 言った通りに澪が赤子を抱くと、時記は赤子ごと澪を抱き上げた。(きざはし)を上るには、未だ辛いだろう。そう言って、時記は宮への階を上った。




 階の上では、普段宮に居る全員が待っていた。側女(そばめ)月葉(つくは)は予想して居たが、まさか大王(おおきみ)真耶佳(まやか)まで起きて居て呉れたとは。

「澪、お疲れ様」

 直ぐに真耶佳が寄って来て、澪を労いつつぷっくりした赤子の頬をつつく。赤子は嫌がるでも無く、大きな欠伸をした。

「穏やかな子だな。時記、其方に似たのでは無いか?」

「鼻は、澪に似ていると思うんですが…」

 確かに、と大王は顔を近付けて確認している。しかし性格は時記寄りだろうとは、皆が口々に言った。

「大儀であったな、澪。望月(みつき)の件、済まなく思う」

「いいえ、無事に生まれましたし…」

「確と罰して送り返す。我の最大の懺悔だ」

 澪が無事で良かった、と。皆が皆、そう思って呉れるのが伝わって来る。澪はまた、目頭が熱くなった。

(あかとき)(きみ)、折角ご用意頂いた物が…」

「そうだ、夜明け頃に出て来ると聞いた故、食事を用意させて有る。未だ、温かいぞ」

 大王が指し示した敷物の上には、この間澪が喜んだ豚の肝や、亀の物らしい(あつもの)、軟らかく煮た白粥が在った。

「わあ…!」

 澪が喜びに声を上げた瞬間、時記と澪、二人の腹が鳴る。

「子生みは多くの血を失うと聞く。赤子の為にも、精を付けよ」

「有り難う御座います…!」

 二人同時に言うが早いか、時記は敷物の上に澪を下ろした。きちんと粥も取って呉れ、豚の肝も乗せて呉れる。匙と共に手渡された澪は、温かい、と言って食べ始めた。時記の、愛おしげな視線は二人を離れない。

「名は、也耶(やや)でどうだろう?真耶佳と亜耶から一字貰うんだ」

「良い名です…!」

「良き名よ。也耶、嘉しよう」

 大王が名を認め、赤子の名は正式に也耶となった。(むら)の皆が起きる頃になったら、水鏡(みずかがみ)で知らせなければ。

「時記さまもお食べ下さいませ」

 澪は、じっと自分達を見詰めている父親にも食事を勧めた。そして時記が食べ始めるまで、今度は澪の視線が時記から離れなかった。

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