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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇

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六十六、産屋

 (みお)は、断続的に訪れる痛みの波に翻弄されていた。痛みは、暫く続いては治まる。引き絞られる様な痛みは不意に形を潜め、普通の会話が出来る様になるのだ。

「澪さま、裳をお外し致しますね」

 産婆として此処に居る端女(はしため)が、澪の胸下の紐を解く。ひんやりとした空気が一気に、露わになった足を包んだ。

「痛みの間隔がもう少し短くなったら、上から吊された縄を掴んで下さい」

「は、はい…」

 子生みは、膝を付いて行うと説明された。横になるより母の負担が少ない為だ。しかし澪は、あの痛みの最中に膝を付いて立てる自信が無い。

「勿論、あたし達もお手伝いしますから」

 不安にならないで下さい、と気の良い産婆は言う。初産なのだから、巧く出来なくて当然だと。

 澪は囊から月長石を取り出し、思いを込めて握った。すると、子が腹を蹴る。もう出せとでも言う様に。

「い、痛い…っ」

 また痛みの海に飲み込まれそうな澪を、産婆が慌てて抱き起こす。手元に縄を持って来られ、澪は縋る様に掴んだ。

「澪さま、(いき)んで下さい!下腹に力を入れて!息を止めてはいけません!」

 産婆が耳元で叫ぶ。澪は言われるが侭に下腹に力を入れ、息を吐く。其れを幾度も繰り返した、其の時。

 足下に、何かが出て行った。

「澪さま、お子は出ました!もう一息です!」

 うう、と唸り乍ら、澪は更に力を入れる。赤子は既に産婆に拾われていて、臍の緒を切られる所だった。更に何かが出て行った感覚の後、赤子の産声が響いた。

「澪さま、女子です。勾玉を持たれてますよ」

 がくりと力なく崩れた澪に、産婆が赤子の顔を見せる。澪は、ああ、と声を上げ、湧き出でる愛しさに涙した。

 ふわりと足に布が掛けられ、赤子を浄めて来ますね、と産婆が産屋(うぶや)の戸を開ける。するとずっと待って居たのだろう、時記(ときふさ)が戸口に駆け寄るのが伺い知れた。




 お父上ですね、と云う問いに、時記は迷わずそうだと答えた。

「元気な女子ですよ。二月(ふたつき)早くお生まれですが、充分に育っています」

 そう言うと産婆は、湯を沸かして居た女達の元へと急ぐ。沸かした湯に水を足し、温湯を作って赤子に付いた血を落として行く。すると、勾玉の色も顕わになって来た。

「月長石か…」

「そう云う石なのですかね、勾玉、首にお掛けしますか?」

 産婆には玉石の知識が無いらしく、時記の呟きは意味を為さない。ただ勾玉は時記が受け取り、赤子の首に掛けた。

「澪は、どうして居る?」

「澪さまもご無事ですよ。初産の割に時間も掛からなかったので、早く戻れると思います」

 では、初乳(うぶぢ)を飲ませますので。そう言って産婆は慌ただしく産屋に戻って行った。時記は初めて触れた我が子の温もりに、嬉しさを抑え切れる自信を無くした。

「時記さま!」

 月葉(つくは)が、宮から走ってくる。生まれたのを見たのだろう、喜びに溢れた顔で。

「巫女姫だよ、月葉。月長石の勾玉を持って居た!」

 皆に、伝えて呉れ。そう頼むと、月葉は(きびす)を返した。澪が赤子を抱いて出て来るまで、もう少し。此の喜びを誰に叫べば良いか、と時記は両の手を見た。

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