六十五、望月姫
避けて、と言った切り水鏡からは何の反応も無い。亜耶と大蛇と巫王とで必死で覗き込むが、映るのは見覚えの無い女の裳裾ばかり。黒い針の主と思われる女は、派手に立ち回って居る様だ。
聞こえて来る声で澪が無事なのは分かったが、何が起きたのか。女が頽れて、近衛に連れて行かれるのが見えた後。水鏡の前には、厳しい声を上げ続けていた月葉が現れた。
「お騒がせ致しました、亜耶さま。巫王様と大蛇さまも」
「月葉、何が有ったの!?」
すっかり落ち着きを取り戻して居る月葉に、亜耶が詰め寄る。責めて居る訳では無い。ただ、澪も真耶佳も心配だと云うだけだ。
「澪さまは望月姫が連行された後、産気付かれました」
時記さまが産屋に運んで行かれたばかりです、と月葉は言う。望月姫に関して言訳は要るか、との問いに、亜耶は要ると答えた。
「南の大豪族の姫の様です。妻求ぎが無かった為、大王に輿入れさせられたのかと」
そんな女に取っては、真耶佳は面白くない存在だっただろう。輿入れした途端に、大王を手に入れて仕舞ったのだから。
「大王からのお通いが一度も無い侭、孕みの機会を失った様です」
「…いつ頃輿入れした姫なの?」
「七年前です」
今更、族にも戻れないのでしょう。月葉はそう言ったが、大王は帰すだろう。罪人、と糾して。夫を得る事も無く、南の地で余生を過ごす。手に罪人の焼き印を押され、惨めな姿で。其れは、亜耶にも見えた。
「真耶佳と澪を違えたのね?」
水鏡の向こうで、月葉が頷く。七月目の真耶佳と十月目に匹敵する見た目の澪を見分けられない程、孕みに縁が無かったのか。
「真耶佳は無事なの?」
「はい、時記さまがお止めになりました」
何を、とは効く必要が無い。おっとりとした真耶佳でも、怒れば手が早い。怒りの侭、望月姫に手を上げようとしたのだろう。
「澪は、握り石を持って行った?」
「囊に入っていると、痛みの合間に仰有られました」
ふと、月葉が水鏡から視線を外した。失礼を、と言って誰かと何事かを話して居る。向き直った月葉は、澪が無事に産屋で迎えられたと告げた。
時記は、澪を産屋の前で待つと言って居ると云う。戻って来たのは産屋へ先導した側女で、月葉と真耶佳に無事を伝える様仰せ付かったのだと。
「お父様、私に禊を許して下さい」
亜耶は居ても立っても居られず、巫王にそう懇願した。澪の安産を祈る為だ。難産の相は出て居無いが、安産だと云う保証も無い。
「禊は私がする。亜耶、お前は祈って呉れれば良い」
私だって澪が可愛いのだよ、と巫王は続けた。そして、亜耶がこの時期の水に入る事は許せない、とも。
「俺も、子が可愛い。勿論澪もだ。八津代、俺にも禊をさせろ」
大蛇までが言い出して、二人は御館を出て行った。亜耶には、先に神殿に行っている様言い残して。




