六十三、子生みの朝
亜耶の夢に、澪が出た。腹が引き絞られる様だ、と訴える澪に亜耶は、今日が子生みの日だと告げた。益々不安そうな様子を見せる澪に闇見をして遣ると言って、其の侭目覚めた。中途半端な夢だ、其れが起きた時の感想だった。
亜耶は夢の中で闇見を終えられなかった事で、朝餉の時も心此処に在らずだ。大蛇が心配して、何事かと問うて来る。
「今日、澪が子を生むみたいなのだけど…」
夢が、半端に途切れて仕舞った。難産で無い事は解って居るけれど、不安でならない。
「珍しいな」
闇見を終えられなかったのなら、起きて直ぐ其れをして仕舞うのが亜耶の性格だ。何が亜耶を止めているのか。聞かれても亜耶は、答えられなかった。
「黒い、針…」
「あ?」
「あれが間違って澪に向くかも知れないと、此の前言ったの」
大蛇が、顔を顰める。真耶佳に向けられた僻みの針は、孕みが公になった事で増しているからだ。
「した方が良いんじゃ無えか、闇見」
大蛇からこう言うのは、珍しい。以前、心が宮に行っていると咎められて以来だ。
「夢では、何か邪魔が入ったのかも知れない」
「宮での何かか」
そう、と亜耶は頷く。宮は正しく綿津見神の巫女としての霊力が、発揮されない場所だ。大元の国つ神を違える所為で。
「もし、あちらの国つ神が澪の子生みを阻むなら…」
「尚更見た方が良い、亜耶」
大蛇には言われたが、見るべきならば疾うに見えて居る筈なのだ。今まで無かった事に、亜耶は戸惑う。
其処に、がたがたとかなり急いて御館の階を上る音がした。舎人を遣り込めるとは、何者なのか。大蛇が身構え、亜耶は其の後ろに隠れる。
「亜耶は居るか!」
響いたのは、巫王の声だった。御館から走って来た様で、ぜいぜいと息をして居る。
「お父様、何事です!?」
問うても、巫王は直ぐに喋れる状態では無い。亜耶は碗に水を入れ、巫王に飲ませた。
「澪、澪が…」
「今日、子生みの様ですね」
「そんな、悠長な物じゃあ無い…!」
何とか其れだけ言って、巫王は息を吐いた。あちらの国つ神が…と息も切れ切れに言う。
「国つ神が、どうしたって!?」
大蛇が、巫王に掴み掛からんばかりの勢いで問う。
「綿津見の姫を害する者が、宮に来る、と…」
巫王が気圧されつつも、何とか答えた。亜耶は、慌てて宮の様子を闇見する。宮から階を見た瞬間、水鏡に向けて亜耶は叫んだ。
「澪、避けて!」
届いたか、と水鏡を覗き込むも、人は映らない。ただ見慣れた宮の一角と、太さを増した黒い針が映し出されるだけだった。




