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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇

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六十二、大王の願い

 大王(おおきみ)と三日間生活を共にしてみて、色々と不思議な事が有る物だ、と(みお)は思った。例えば食事の時。他の者は匙を使うが、大王だけは細長く割った竹を中央で折り曲げた物で食材を挟んで食べる。箸と云うらしいが、器用に使う様は見て居て飽きない。

 大王の今日の昼は細かく切られた豚の肝に赤粥、他の者には豚の(あつもの)に白粥だ。豚の肝など口にした事が無い澪が、じっと手元を見詰めて仕舞う。

「食いたいか、澪?」

 大王が気付いて、箸で豚の肝を幾つか粥に入れて呉れた。

「もっ申し訳有りません、そんな積もりでは…」

「良いから食べて見よ。産女にも良いと云うぞ。真耶佳(まやか)もどうだ」

 真耶佳は、最初難色を示した物の、澪の美味しい物を食べた時の顔につられて幾つか所望した。月葉(つくは)には、(ねや)の外は冷えるだろう、と。時記(ときふさ)には霊力(ちから)を使い通しで疲れただろう、と。大王は、自分の分を半分近く配って仕舞った。

「大王、豚の羹の追加を持って来させましょうか…?」

 時記が言うと、大王は良い良い、と笑う。普段独りで食べる食事より、今が楽しいのだそうだ。其れに、豚の肝は普段食べるより格段に多く盛られていて、減った分くらいが普通だという。

(もり)族人(うからびと)は気が利く。結界を破れないと知って居ても、我まで杜に帰りたいわ」

 皆は一斉に笑って、時記などは結界を緩められないかの算段までして居た。真耶佳も、譲位をしたら子供を置いて一緒に帰りたい、と打ち明けた。

 すると、大王は優しい目で真耶佳を見て言った。

「我は、其方に最期を見せる気は無い。其方の最期まで、我も共に生きたいからじゃ」

 此れには、澪も月葉も驚いた。看取ってくれと言うかと思って居たのだ。其れよりも、深い愛と独占欲。真耶佳は、感極まった目で大王を見る。

「では、私がどれ程醜い老婆になっても、迎えに来て下さいませね」

 私は杜で、(あかとき)(きみ)と共に在りますから。其れに、大王は勿論だと真耶佳の髪を撫でた。




 穏やかな三日間と云うのは(とて)も早く過ぎる物で、遂に大王が執務に戻る日が来た。

「腰を痛めた御方には、下りの(きざはし)は危のう御座います」

 そう言って時記が大王を背負って階を下り、側女(そばめ)が二人続く。寒い朝、下で大王の従者(ずさ)に葛湯を渡す為だ。従者達は喜んで葛湯を飲み、身を暖めたと云う。

「其れでは時記、今宵も湿布と蛍を頼む」

「はい、妹姫(おとひめ)共々お待ちして居ります。ご無理は、為さらない様にして下さいませ」

 真耶佳達は、階の上での見送りしかした事が無い。大王が去った後、薬草を採って帰った時記は姫達の心配と好奇心に晒された。

「暁の王は、きちんと歩けて居りましたか?」

「今後も暫くは時記さまが背負って下りられるのですか?」

「従者達は、忠実(まめ)な在り様で御座いましたか?」

 真耶佳、澪、月葉が我先にと時記を問い質す。一つ一つ丁寧に答え乍ら時記は、明日の朝は黒糖を溶いた葛湯を振る舞おうか、と言った。

「今宵の約束はもう大王がして行かれたから、多分先触れは来ないよ」

 其れを聞いた側女が、(くりや)に走る。夕餉を早めて貰う為だ。序でに葛粉と黒糖も貰ってきて、真耶佳を喜ばせた。

 近頃は、側女の働きが良い。今朝の葛湯の余りも飲んで良い、と真耶佳は側女達に言った。

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