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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇

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六十、落馬の卦

 幾月か経って、平穏だった(もり)との遣り取りに不安が一つ乗せられた。大王(おおきみ)に落馬の()が有ると云うのだ。亜耶曰く、暴れた馬には毒針が刺さっている、とも。

 水鏡(みずかがみ)越しに聞いたのは(みお)だが、月葉(つくは)が伝えた方が良いと亜耶は言う。月葉は割と、大王にも物怖じしないから。

 大王は、三日後に弟皇子(おととみこ)と共に鷹狩りに行く予定だ。良い物を獲ってくるから、と真耶佳(まやか)に話して居た。

「今宵、お話ししましょう」

 月葉は即断して、真耶佳を見た。真耶佳も其れで良い、と頷く。澪は八月目(やつきめ)に入った腹を撫で乍ら、何事も起こらなければ良い、と願うばかりだ。

 此の所真耶佳と大王は仲睦まじく、七月(ななつき)になった真耶佳の腹をよく大王が撫でている。真耶佳も其れを嫌がるで無く、子の真名などを話し合って居る様だ。

 やっと真耶佳が大王を受け容れた所で落馬など、有っては為らない事だ。しかも、毒針が刺さるとは、疑うべきは一つしか無いではないか。

「澪、眉間に皺が寄って居てよ」

「す…済みません」

 まあ、良いのだけれど。今回の事は不穏だから。そう、真耶佳も言う。

「澪も真耶佳も、腹の子に不安を与えては駄目だよ」

 聞いて居た時記(ときふさ)が、見かねた様に優しく言った。大王は(さと)いから、伝えれば必ず策を講じる。心配は無いと。

「其れに、大王の死は闇見(くらみ)されて居無いよ」

 時記に言われて、真耶佳は安堵の表情を浮かべる。今の真耶佳には、大王は特別な人だ。(うしな)ったら、と思うと不安だったろう。

 各務(かがみ)が、甘くて温かい生姜湯を持って来て皆に渡す。此の所の冷えは、杜以上だ。気が回る側女頭(そばめがしら)に、皆が礼を言った。

「各務、貴女達も冷えたでしょう?自分達の分も作ってお飲みなさいな。ね、月葉」

「そうですね。蜂蜜が少し余ったのでしょう?全部入れてしまって、均等にお分けなさい」

 晩夏の水菓子以来、宮では定期的にご褒美が出る。聞いて居た側女達からも、嬉しげなざわめきが起こった。




 大王は普段通りに遣って来た。迎えた澪が、お耳に入れたい事が、と月葉に繋ぐ。

 月葉から闇見の結果を聞いた大王は、ううむと唸った。弟皇子は定かでは無いが、真耶佳を恋している節が有ると云うのだ。

「出迎えの折、あれも立たせたのは間違いだったか…」

 真耶佳の孕みは、未だ公にされていない。知らぬで奪おうとして居るかも知れぬ、と大王は言った。

「亜耶さまの闇見は外れません。存分なご準備を、真耶佳さまの為にも」

 月葉に畳み掛けられ、大王は大きく頷いた。鷹狩りは三日後、其れまでに忠臣達に秘密裏に話を回す、と。大王は真耶佳に約した。




 三日後、大王が(あぶみ)に足を掛けた所、馬が突然暴れ出したと報が入った。馬の後ろには弟皇子の(おみ)、其れが居た所には毒針が刺さっていたと云う。

 大王は腰を強かに打ったが、其れ以外は大事無い。寧ろ弟皇子を、其の場で詰問したそうだ。

 弟皇子は矢張り真耶佳の孕みを知らず、大王を亡き者にして己の后にと考えて居た。大王から腹の子は七月になると聞かされた弟皇子は、臣と共に茫然と牢に連れられて行ったと云う。

 此れで后たる真耶佳の孕みは公になった訳だが、今更堕胎薬などは効かない。直接に危害を加えようと云う者が居た時の為の、時記だ。

 大王は宮の寝座(じんざ)(うつぶ)せになり乍ら、そう語った。腰に怪我をしても、真耶佳に無事を知らせに来たのだ。

 時記が育てていた薬草で、湿布を作って大王の腰に貼る。少し臭いが、迚も楽だと大王は言った。

「真耶佳、上から手を充てて差し上げると良いよ。血の巡りが良くなる」

「分かったわ、兄様」

 無事で良かった、と真耶佳は言い、大王の腰に手を充てる。少し冷えていた薬草が、段々と人肌になって行く様だ。大王は、良きかな、と暢気に喜んで居た。

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