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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇

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五十、帆立の粥、再び

 宮の昼餉は、帆立の粥だった。八反目(やため)がどうしても、と(くりや)に言いに行ったらしい。妹背(いもせ)言挙(ことあ)げをした夜を、思い出して呉れと云う女々しい訴えか。

「今更よね」

「其れに此の帆立、燻油漬けの様ですね。香りが違います」

 腹の子の為に、と何でも食べる(みお)だが、今日は匙の進みが遅い。亜耶と真耶佳(まやか)と共に食べたのは、良い思い出。しかし八反目が絡むと、複雑な心境になって仕舞う。

 そんな澪の心持ちを知ってか、今日は厨から二度目の昼餉が届いた。澪さまには、此方を。そう云われて空けた器には、赤粥が入っていた。

「有り難う御座います…!」

「己の過ちを認めない男の有り様は、見て居て不愉快でね」

 厨の族人(うからびと)は、兎の件で顔見知りになって居る。澪の幸せを願うと言って、族人は下がって行った。

「澪さま、無理をして帆立の粥を食べる理由が無くなりましたよ」

 月葉(つくは)が、食べかけの碗を差し出せと澪に迫る。其れから側女(そばめ)達を呼んで、食べたい者は居るかと問う。毒見毒見で海鮮の少ない宮の事、帆立は貴重品なのだ。

 澪の分の粥は七人の側女の腹に少しずつ収まって、側女達を喜ばせて居る。澪は、帆立の匂いを此れ以上嗅がなくて済んでほっとした。

「帆立は好きなのですけれど…今日は、少し…」

「良いのですよ、澪さま。時記(ときふさ)さまが来たら、其の思いも無くなります」

 言い乍ら、月葉が赤粥をよそって呉れる。恐らくは、大王(おおきみ)の夜食に出す分を失敬したのだろう。申し訳無い気持ちは有るが、澪は美味しく頂いた。




 夜が来て、いつも通りに澪が大王を迎える。大王は普段にも増して厳かな様子で宮に入った。

「大事無いか、此の様な話は腹の子にも悪かろう」

「もう、覚悟は出来ております」

 何の覚悟かは、大王には正しく伝わらないだろう。其れでも澪に気配りまでして、大王は真耶佳の元へと向かった。

「お待ちして居りました、(あかとき)(きみ)

 真耶佳の口から初めて出た言葉に、大王は喜び半分悲しみ半分と云った処か。今宵は八反目の話に終始する。そう真耶佳から告げられた様な物だから。

「八反目が、私の許可無しに宮内(みやうち)に女を連れ込みました」

「うむ、聞いて居る」

「其れが、先の宴で知り合った侍女だと言うのです」

 此処で大王が、一拍置いた。宴の夜の事とは云え、まさか侍女を連れ帰るとは、といった面持ちだ。

「先の宴の侍女は、全て我が采女(うねめ)。其れを、連れ帰ったと言うのか?」

「はい。肩に大きな黒子(ほくろ)のある采女、と言えばお分かりになりますか?」

 ううむ、と大王は唸った。そして意を決した様に、卑万里(ひまり)と云う采女だと返した。

「其方が来る前、よく愛した采女だ。あの女なら、宮に乗り込んで寵を取り戻す事くらいは考えそうな物」

 采女で有り乍ら、大王の子を生んで妃に成ろうとして居た。さして美しくは無いが、野心的な女だ、と。

 しかし、月の忌みは有るが孕みの()が無い為、通い易い女だった。そう、大王は言う。

「肩の黒子を、何故知って居た」

「私共が御館(みたち)に行った時には、半裸でした」

「そうか、忠言ご苦労だった。明日の内に、八反目は呼び出して事問いをする」

 月葉が言った通りの言葉が、大王の口から発せられる。

「はい、其れから、七日後に私の次兄が来ます。澪は、次兄に任せますわ」

 大王の入る余地など無い、族内(うからうち)の事だから。此れ以上、澪を傷付けないで呉れ。そんな願いごと口にした真耶佳に、大王は相分かった、と応じた。

「所で真耶佳、悪阻は治まったのか?」

「ええ、(もり)に残してきた妹姫(おとひめ)闇見(くらみ)通りに」

「亜耶姫と云ったか…闇見の才に溢れた美し姫と聞く。一度位、拝んでみたいものよ」

 大王が水鏡(みずかがみ)を覗き込んで、何が見えるかは知れない。真耶佳はええ、まあと曖昧に返事をして、大王の差し出した手枕に横になった。

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