四十五、八反目の資質
亜耶は一部始終を、闇見して居た。水鏡の向こうの澪に、共に見て呉れとせがまれた為だ。
「澪は、暫く宮に居られる様よ」
そう言うと、澪は少し安堵した顔をした。八反目と顔を合わせたくない、其れは本心なのだろう。
「亜耶さま、もう妹背の言挙げを行っても、良う御座いますよ」
「澪…」
八反目に裏切られた。其の思いが、今は強いだろう。そして此の先、八反目が澪の為にする事など、たかが知れている。
「一の兄様に、子を見せなくて良いの?」
「………見せても、同じ事の繰り返しでしょう」
「宴は三日後よ。澪が落ち着くまでの時間も無いわ」
「其れでも…っ、此れ以上は、厭です」
今までに八反目が知らぬ香を纏って来る事は、幾度も有った。澪は其れを、宮外での事として知らぬ振りをして来たのだと云う。
一度失った信頼は、月日を経ても戻らない。男と女の間は、特に。其れに澪は、もう未来を闇見して仕舞った様なのだ。
「…外して仕舞いました」
水鏡の向こう、澪が左手を見せる。小指に有った筈の赤い糸は、今はもう無い。
「杜と違って、触れる事の許される女が多過ぎるのです。そして八反目さまは、其れを喜んで居る」
澪の言う通りは、亜耶の闇見でも見えて居る事。八反目は大王の元で、采女や侍女に目移りして居る。
後押しに、八反目は曲がり形にも杜の男。目元涼やかで美しく、一目を呉れれば女達が勝手に色目を使う。其れを愉しむ事を、覚えて仕舞ったのだ。
そんな男の為に、亜耶と大蛇が忍んでいるのは心苦しい。澪はそう言った。
「お父様と大蛇と、相談するわ。明日、御館に行って」
澪の決意が固い事を知って、亜耶はそう返した。巫王はこの時を見て居て、澪が初めて御館を訊ねた時に八反目を牽制したのか。
「有り難う御座います、亜耶さま」
厭な役目を押し付けて、済みません。其れは、亜耶が最後まで言わせなかった。澪に厭な思いをさせたのは、亜耶の采配だから。
一夜明けて、亜耶は大蛇と時記と共に巫王の御館へ来て居た。八反目の所行は既に巫王に知れていて、如何した物かと頭を悩ませて居る。
「亜耶は、如何思う?」
「此の先、一の兄様が澪に出来る事など有りません」
「時記は?」
「私は構わないよ。予定より、少し早く纏向に行くだけの事だ」
集まった巫覡の二人共が、八反目にもう挽回の余地は無いという。そして、巫王も同意見だ。美髯を撫で、巫王は唸る。
今後、八反目は大王の怒りを買う事は有っても、お褒めに預かる事は無い。其れが、八反目の資質。対して時記は、夜目は利かないが要領は良く、頭が回る。そして誠実だ。長子を寄越せと云われなければ、巫王は最初から時記を送る積もりだった。
「ならば時記、宴を終えたら纏向へ向かえ」
小埜瀬を先導に付ける。異世火を追い掛ければ、夜道も行けるだろう、と。巫王は覚悟を決めた様子で、段取りを決めていく。
陸で早馬を借りる、と言って、巫王は退座した。亜耶と大蛇は、神殿へ向かう事にする。
「時記兄様、一緒に神殿に行く?」
「ああ、偶には良いね。角を落とした大龍彦も見て居無いし」
聞けば時記は、守神になった綾と大龍彦に声を掛けて良いのか分からず、禊の後に神殿に祈るだけにしていたらしい。きっと綾は、一笑に付すだろうに。
話が決まった所で、集められた全員が巫王の御館を後にした。




