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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇

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四十、水菓子

 真耶佳(まやか)の悪阻は、亜耶が想像して居たよりも重かった。桑の実を擂り潰して作った水菓子しか、飲み込む事が叶わない。(みお)月葉(つくは)の食事の匂いには大して反応しないが、矢張り魚の匂いを嗅ぐと領巾(ひれ)で口元を押さえている。

「真耶佳さまが食べられない間は、赤粥を止めて貰う様言ってきました」

 悪阻らしい悪阻の無い澪が、(くりや)に行った事を報告した。干し魚も出来るだけ控えて欲しい、と頼んだのは伏せて置く。

「そう、有り難う」

 礼を言う真耶佳の表情が、儚げだ。月葉は真耶佳を扇いで居るが、余り効果は無さそうに見える。

 悪阻期に入った真耶佳は、昼寝さえも取れなくなった。暑さの所為も有るのだろうが、大王(おおきみ)手枕(たまくら)も拒否して居ると聞く。大王も幾人か子が居る中で、悪阻が酷い女を見てきたのだろう。真耶佳を責めては居無いと云う。

「亜耶さまも、水菓子しか摂って居無いと云います。体質、なのでしょうね」

「ええ、でも真耶佳さまの悪阻も、そう長くは続きませんわ」

 月葉が言うと、妙に説得力が有る。亜耶も同じ事を神殿(かむどの)で言われたらしい、と真耶佳に言うと、少し嬉しそうだった。

「悪阻が終わったら、思い切り赤粥を食べるわ」

 そう云えば、宮で配るだけの兎はもう集まって居るらしいの。私の所為で、ごめんなさいね。今は肉を好めない真耶佳が、澪に詫びる。

「真耶佳さまがお元気で、一緒に食べられる方が良いです」

 澪は心からの笑顔で、そう言った。月葉が良い子、と頭を撫でて呉れる。真耶佳も青白い笑顔で、澪に礼を言った。




 澪、湯殿(ゆどの)に行くわよ、と。真耶佳が重い腰を上げる。澪の腹は、三月目(みつきめ)だと云うのに四月半程(よつきはん)の大きさになって居ると言われ、真耶佳は気懸かりで為らないらしい。

 対する真耶佳は、宮に来た時より明らかに細い。澪は此方の方が気懸かりなのだが、直ぐに戻ると真耶佳は気にして居無い。

「澪さま、そろそろ腰の括れで裳を着けるの、厳しくは無いですか?」

 端女(はしため)の一人が、澪の臍の辺りに手を当てて言う。澪は、そうなのです、と素直に答えた。臍の上で結んだ積もりの腰紐が、気付くと下腹に移動しているのだ。

(きぬ)は未だ今の侭で宜しいでしょうけど、裳は胸下で結ぶ物にした方が良さそうですね」

「澪、あの籠の出番ね」

 悪戯っぽく、真耶佳が言った。あの籠、とは婆から送られた孕み着の事だ。

「まあ、既にご用意が有るんですね」

 少し砕けた敬語を使う端女は、気の良い顔で笑う。真耶佳さまの分は、と聞かれると、(あかとき)(きみ)がご用意下さるそうよ、と真耶佳が答えて居た。余り派手な色合いは避けて。そう大王に懇願したのを、澪は知って居る。

「其れから真耶佳さま、何か食べられる物は無いですか?」

 (あばら)が浮き始めて居ます。端女は心配そうに言う。真耶佳も渋面を作って、考え込んで居る。

「熊の血凝(ちこごり)…」

ぽつりと澪が言うと、ああ、(もり)で作ったものね、と真耶佳も応じる。

「亜耶さまが、水で飲み込むだけで良いと仰有って居ました。此方では、作れないでしょうか…?」

「熊の血凝ならば、交易品の中に在りますよ、多分」

 何も作る事は無い。端女があっさり言うので、澪は大王に頼まねば、と今宵を思う。出迎えの時に、頼んでみよう、と。真耶佳の為とあらば、如何なる高級品でも呉れそうな大王だ。直ぐに応じて呉れるだろう、と澪は思い、其れは間もなく叶えられた。

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