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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇

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三十八、柘榴石の籠

 (もり)から届け物です、と。名も知らぬ族人(うからびと)真耶佳(まやか)の宮を(おと)なったのは、昼餉の最中だった。

(みお)、何か頼んだ?」

「赤米くらいでしょうか…?」

 族人曰く、赤米は既に(くりや)に運ばれたそうだ。では、何なのか。族人が運んで来たのは、柘榴石の編み込まれた籠。何も聞いて居無い澪は、其の場で荷物を(あらた)めた。

「まあ、(きぬ)では無いの」

 真耶佳が、華やかな色合いに声を上げる。其れでも心当たりの無い澪は、衣を広げて見た。今の澪より少し身幅が広く、腹の辺りが調節出来る様になっている作り。念の為裳も広げると、胸下で結ぶのだろう、少し長めに繕われていた。

「孕み着で御座いますね」

 婆の繕った物でしょう、と月葉(つくは)も寄って来て検分を始める。聞けば、湯殿(ゆどの)の婆は月葉の叔母らしい。小さい頃には、針を習ったそうだ。

「今回は一籠で済んで、良かったじゃない」

 真耶佳が笑い乍ら言う。良い悪いの問題で言えば、婆に労力を取らせた事が悪い気がする。そう言った澪に、だから婆に気に入られるのだ、と二人が笑った。

 籠は族人に頼んで、八反目(やため)御館(みたち)に持って行って貰う。身重の澪に、運ぶを許す者は此処には居無いからだ。届いた事を、杜に知らせよう。婆には礼を伝えて貰わねば。そう言って水鏡(みずかがみ)を揺らす澪に、真耶佳の視線は温かだ。

 真耶佳は孕んでから、慈しみに満ちた顔をする事が多くなった。相変わらず大王の訪ないは歓迎して居無いが、以前ほど冷たくも無い。腹の子を(かな)しんで居るのは明らかで、其の姿は更に美しさを増して見える。

 水鏡での会話を終えたらしく、澪が食事の席に戻って来た。其処には今夜は赤粥だ、といつも通りに笑う真耶佳が居る。真耶佳が少し多く眠る様になったけれど、今はいつも通りの宮で良い。未だ、何も無い。暫くは、何も。




 其の夜は真耶佳の言った通りの赤粥で、三人とも喜んで食べた。粥の器がいつもより大きいのは、大王も食べてみたいと仰有ったからだと云う。三人は、謂わば毒見役だ。

「冷めてしまいますね…」

「亜耶は冷めた赤粥が好きだけれど、(あかとき)(きみ)如何(どう)かしらね…」

「確かに、冷めた方が甘みは有りますが…」

 其れに、器が大き過ぎて、大王一人に任せるには多く残って仕舞う。二杯目をよそい出した月葉に、澪も続いた。つられたのか、真耶佳も二杯目を食べ始める。

 先に食事を取って来る大王には、此れで丁度良いか。そんな量を残して、器の蓋は閉められた。後に遣って来る大王が、赤粥を(いた)く気に入って仕舞うとも知らずに。

「今日は、もう眠いわ…」

 食べ過ぎた真耶佳が、腹を押さえて言う。月葉も言いはしないが、食べ過ぎだろう。澪は杜に居た時と同じく食欲旺盛で、兎が食べたい、と口に出す。

「まだ食べられるのね…」

「澪さま、いつも足りて居られますか?」

 (あき)れた様な二人の視線に、澪は慌てて足りて居る、と言った。ただ、美味しい物は恋しくなるのだ。言い募る澪に、兎を急かしてあげる、と真耶佳が少し笑った。

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