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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇

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三十七、海の男

 昨日、真耶佳(まやか)が無事に孕んだと(みお)から知らされた。其れは良かったわ、そう言い乍ら亜耶の表情は晴れない。真耶佳の様子は、と聞くと眠って居ると言う。真耶佳は、亜耶の同母姉(いろえ)だ。直ぐに眠くなる所も似たのだろう。

 今日は、(くが)への小舟に荷を乗せる日だ。澪の孕み着一籠と、赤米が二袋。孕み着の籠には澪の物と分かる様、柘榴石が編み込まれている。赤米は、(くりや)で宮に送ると言ったら、一袋の積もりで居たのを大蛇が持たされたのだ。此れで暫く、(うから)から行った者の胃を満たす事だろう。

(せわ)しねえな」

 陸からの使いを見乍ら、大蛇(おろと)が言う。彼等は宿り木を越えられないから、白浜で荷を受け取るしか無い。入れない(もり)を見るより、自分等が任された荷を見る方が現実的だろう。

 亜耶がそう言っても、大蛇は忙しないを繰り返す。一人位、神殿(かむどの)に祈っても良いのでは無いかと。

「其れは、此の後よ」

 意味深長に答えれば、大蛇の関心を引く。最後までご覧なさい、と亜耶は微笑んだ。

 荷を運び込み終えると、陸の男達は一様に神殿の前に改まる。代表の男が何かを祭壇に供え、綿津見神(わたつみのかみ)への祈りを口にした。

 全員一斉に手を四拍打ち、頭を垂れた所で大蛇も納得した様だった。別々に拝むより、全員集めて仕舞った方が敬いが伝わる。

 陸から来た者達とて、海の男。綿津見神への信心は厚いのだ。




 荷を積んだ小舟が白浜を発つと、綾と大龍彦(おおつちひこ)が神殿から出て来た。手には藻塩、如何した物かと思案して居る。

「藻塩を供えて行ったの?」

「うん。僕達は使わないんだけど」

 じゃあ、大蛇に。亜耶の其の提案は、直ぐに受け容れられた。藻塩を使った美味い神饌(みせ)を、二人とも期待して居るのだ。

「塩が足りなくなって来てたんだ。丁度良い」

 大蛇とも利害が一致した所で、藻塩は大蛇の物となった。勿論、美味い物を期待して居るのは綾達だけでは無い。亜耶も、どんな物が出来上がるかと期待に胸膨らませて居る。

「所で、乾し肉は?」

 (はに)塗りの容器ごと藻塩を受け取った大蛇に、綾が問う。ああ、もう少しだ、と大蛇が答えると、綾は嬉しそうな顔をした。

 そんなに海に入りたいなら、理由を付けずに入れば良いのに。亜耶がそう言うと、神になった身では神籬(ひもろぎ)は必須だと返って来た。よくよく、苦労が多い物だ。

「兄者も乾し肉を食らうのか?」

「当たり前だろう。何故、綾にだけ遣る」

 大龍彦は、海に入らないから。亜耶が代弁すると、大龍彦も共に海に入って居るらしい事が分かった。亜耶は供物を渡すと直ぐに(むら)に戻って居たので、知らなかったのだ。

「兄者は余程、海が肌に合うんだな」

 山にばかり入って居る大蛇には、少し信じられない感覚らしい。お前だって川遊びをするだろう。そう云われて大蛇は、何か違う、と答えて居た。

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