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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇

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三十六、独り寝

 真耶佳(まやか)が無事孕んだのを、(みお)御館(みたち)で感じた。今夜は湯には入らなくて済むから、早く寝よう。そう思って居た矢先だった。

「如何した、澪?」

「…真耶佳さまが、孕まれました」

 八反目(やため)に問われる侭答えると、丁度良い時期だ、と喜ばれる。確かに澪の方が一月早く子を生んで居れば、乳母(めのと)として相応しい。

大王(おおきみ)には明日の朝、お知らせするのか」

 恐らくは、と答えて澪は、月葉(つくは)如何(どぅ)するかを思った。澪が行く前に伝えるか、其れとも澪が伝えるのか。

 どちらでも構わないが、大王は酷く喜ぶだろう。此れからも毎晩真耶佳の様子を見に来るのは、想像に難くない。

 大王は、自分の存在が真耶佳を安らがせないと気付いて居るのだろうか。何れ馴れると甘く見ては居無いか。

 せめて忌屋(いみや)に行きたかった。そう零した真耶佳を、澪は気遣って居る。そんなにも独り寝がしたかったのか、と月葉と顔を見合わせたのだ。

 そんな事を知らない八反目は、早くも子が生まれた後に思い馳せて居る。真耶佳が孕みを喜ぶと思って居る様だ。

「真耶佳と大王は、上手く遣って居るのだろう?」

「其れは…」

 言葉を詰まらせた澪に、八反目は毎夜通われて居るのでは無いのか、と不思議がる。

「大王は真耶佳さまを恋して居られます」

「真耶佳は違うのか」

 まるで、真耶佳を咎める様な口調。地位だけで愛せる程、人の心は軽くない。

「真耶佳さまを、責めないで下さい」

 寧ろ、二人の間には誰も入らない方が良い。澪は八反目にそう念押しして、横になる。明日の朝は、いつもより早いからだ。

「澪、しかし…」

 納得の行かない様子の八反目は、真耶佳と話したいと言う。澪は其れは無駄だ、と退けた。

「お願いですから、真耶佳さまのお心が解けるのを待って下さい」

 そう懇願して、澪は眠りに落ちた。




 翌朝、八反目は諦め悪く澪に付いて行くとごねた。澪は普段より早く出なければ為らないので、夕べの懇願を繰り返すばかりだ。

 今では、真耶佳の方が立場が上。其れを自覚して居るのか、居無いのか。八反目は真耶佳を抑え付けたい様だ。

 亜耶の言う通り、分を知らない。其れに気付いた事で、澪の心がすっと冷えた。

「大王の前で、真耶佳さまを咎めるのですか?真耶佳さまの上に立てるのは、今では大王だけですのに」

 その一言が効いたのか、結局八反目は付いては来なかった。しかし、予定より遅くなって仕舞った。早足で宮に向かい乍ら、澪は真耶佳を思う。

 乗り気では無かった輿入れと(よば)い。解けない心。其れを、異腹(ことはら)の兄から責められる。今は、そんな事には耐えられないだろう。

「遅くなりました」

 月葉は直ぐに訳を察して、澪を大王の前に出す。ご報告が有ります、と言葉を添えて。

「ふむ。申してみよ」

「はい…昨夜、真耶佳さまが孕まれました」

 大王は少し沈黙して、その後喜びを露わにした。暫くは、宮の外には漏らさないで欲しい。澪や月葉の願いは、当然の事として受け容れられた。

「真耶佳、孕むと眠くなると聞く。独り寝は、昼に愉しんで呉れ」

 一瞬驚いた顔をした真耶佳だったが、素直にはいと答える。大王は知って居るのだ。真耶佳が大王を望まない事を。

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