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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇

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三十四、赤米

 (みお)さま、と声を掛けられて、水鏡(みずかがみ)から視線を外した。月葉(つくは)が、早く髪を結う様にと急かしに来ている。見れば、共に湯殿(ゆどの)に行った真耶佳(まやか)は、既に全ての支度を終えて居た。

大王(おおきみ)も男なのです。無防備な姿を晒してはいけませんよ、澪さま」

 月葉が言う横で、櫛を持った各務(かがみ)が頷いて居る。大王には、他に大勢女が居るのだ。まさか、人妻にまで。そう澪は思ったが、先日の月葉の忠言を思い出して留めた。

「月葉、先程亜耶さまと話したのですが…」

「その話は後で良いです。さ、髪を結われて下さい」

 言わずとも、月葉には分かったのだろう。不服そうな真耶佳とは逆に、酷く冷静にあしらわれた。

「澪と月葉はいつも、私を仲間外れにするわ」

 真耶佳が拗ねて仕舞ったので、仕方無さそうに月葉が言う。

「片手間にお話しする様な事では有りませんから」

 月葉はいつも、些か言葉がきつい。思った通り、真耶佳は更に拗ねて居る。澪は空気を和らげようと、亜耶が最後に約して呉れた事を言った。

「真耶佳さま、亜耶さまが今度、赤米を送って下さるそうです」

「本当?此方では神饌(みせ)で有って、食べる物じゃ無いと言われたのだけど」

「そうなのですか?」

 各務は油を使わずに髪を結う。髪を結われ乍らも、此の位なら話は出来る。真耶佳に誰に言われたのかと尋ねると、(あかとき)(きみ)と返って来た。確かに、大王に強請るが一番話は早かろう。澪は、妙に納得して仕舞った。




 其れで、私は今夜孕むのかしら。食事を始めた途端に、真耶佳がそう言い出した。真耶佳は、水鏡の声など聞こえない。何故、と澪の顔に書いて有ったのだろう。真耶佳が勝ち誇った様に笑う。

「だって、今更言われることと云ったら一つだわ」

 男子なの、女子なの、と。真耶佳はそんな事まで知りたがる。

「どちらだか、亜耶さまは分かって居る様なのですけど…仰有いませんでした」

「そう、ならば男子ね」

 真耶佳は断じたが、澪には答える術は無い。亜耶と一番長く居たのは真耶佳だから、其れが正しいのだろうとさえ感じる。

「月葉には、見えますか?」

「ええ、真耶佳さまの仰有る通りです」

 月葉も、開き直る方が早いと思ったのだろう。真耶佳を肯定して、多くを語らない。澪はと云えば、亜耶の憂い事が増えた、と思って居た。

「此れでお通いが、無くなれば良いのだけれど」

 真耶佳の望む所は、結局其処らしい。大王が毎夜通って来るのは負担だろうが、散々な言い様だ。

 けれど、事態はそんなに都合良くは運ばない。大王の執心振りを詳しく知る者ならば、そう言って呉れただろう。

「お通いが無くなる事は、無いと思います…」

 澪は其れだけ言って、真耶佳を落胆させた。月葉も大きく頷いて居る。独り寝がしたいと泣き言を漏らす真耶佳に、慰めの声を掛ける者は無かった。

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