三十一、事と形
亜耶は開口一番、届いたかと言った。綾は水鏡で送れると言った額飾りだが、本当に届くのか。気付いたら、前置きも無しに問うて居た。
「亜耶さま、此れは綾様の鱗で宜しいですか…?」
もう、真耶佳さまにも着けて頂きましたが。澪の戸惑いがちな声で言われて、話が早いと頷く。水鏡に映る澪の額にも綾の鱗は光っていて、亜耶は一先ず胸を撫で下ろした。
「黒い針からの護りになるわ。成る可く着けて居て」
「はい」
其れから、と澪が亜耶を見て続ける。真耶佳さまが、亜耶さまのお顔を見て話したいそうです、と。
つまり其れは、また霊眼を開けと云う事。亜耶は迷った。今の宮内に飛び交う僻みの黒い針に、真耶佳は耐えられるだろうか。杜に居た頃は、愛される事しか知らなかった真耶佳だ。側女の件が有ったとは言え、直ぐに馴れる事は出来まい。
困り顔になって仕舞った亜耶に、澪も察した様だ。しかし、其処に月葉が割って入った。
「真耶佳さまは、夕べ大王に諭されました。お見せすべきかと」
「…そう」
では、真耶佳の額に触れて、と。亜耶は仕方無しに言う。月葉が言われた通り、真耶佳の額に軽く触れたのが見えた。
「亜耶!」
喜びに満ちて水鏡に飛び付いて来る真耶佳に、亜耶は笑って見せる。何を隠して居たのか、教えて。そう言われるまで。
隠して居た訳では無い。真耶佳には、見えなかっただけだ。そう言訳しても、真耶佳は納得しなかった。
「真耶佳、周りを見て」
「え…?」
言われた真耶佳が、水鏡の向こうで四方を向く。黒い針は相変わらず飛び続けていて、真耶佳が目を見張ったのが分かった。
「亜耶…此れは、何?」
「大王の女達の、妬み嫉みの黒い羨みよ」
三日続けて大王が通って来ただけで此れなのだから、子を生んだらもっと増える。そう、亜耶は告げた。すると、真耶佳はそうね、とだけ答える。此れには亜耶も驚いた。もっと、取り乱すかと思ったのに。
「私、亜耶の覚悟を取り違えて居たの」
真耶佳が、ぽつりと言った。厳しく在ろうとする人の姿が、水鏡に映る。亜耶には其の時、夕べの大王と真耶佳の姿が見えた。
「大王は、杜の外で生きる術を教えて下さったのね」
頷く真耶佳に、亜耶は言った。其れならば黒い針が真耶佳に刺さる事は無い、と。事実、黒い針は真耶佳を避けて床に落ちている。
「ねえ亜耶、私、亜耶が婚いに至った事と形を聞いて居無いわ」
あの日、杜で何が起こったのか。其れは、澪にも月葉にも知らせて居無い事。聞きたいの、
と一応前置きして、亜耶は三人に語り出した。あの日、綿津見神に導かれた自分が引き起こした禍事を。
語り終えた時、真耶佳は泣いて居た。八反目を殺す覚悟で婚ったのは気付いて居たが、そんなにも多くの事が降り懸かったのかと。
「定められた生を延ばすって、元々杜の族人は長寿よ。どうなって仕舞うの、亜耶?」
「齢百を超える位かしら?分からないけれど」
亜耶は笑って答えたが、其の目元には不安が漂う。真耶佳も、何をどう返して良いやら言葉を濁すばかりだ。齢百を超えるとは、多くの者を見送ると云う事だから。
澪と月葉も、言葉を無くして居る。側に居て、支える事すら叶わないのは口惜しい。そんな思いが、水鏡を通して伝わって来た。
「私が独りで、受けるべき事だったのよ」
亜耶がそう言っても、澪は口惜しいと呟く。月葉も見る事の叶わなかった未来が、亜耶に残酷な選択をさせた。
「独りなどと、言わないで下さい…」
澪は、亜耶の選んだ道を祝る。其れだけは忘れないでと、懇願した。




