三十、非情
大王が下がるまでに、澪は宮へ行く。此れが毎日の事になるのだろう、と亜耶の口ぶりから思って居る。子を生んだら、杜に居た時より早い禊になりそうだ。
今朝は真耶佳もきちんと起きていて、皆で大王を送り出した。直ぐに各務が動き始め、他の側女達の働きも良い。
真耶佳はと云えば、昨日までとは少し違った面持ちで朝餉を口に運んで居る。昨夜、何か有ったのだろうか、と澪は少し心配になった。
不安げな澪の視線に気付いたのか、真耶佳は一人語りに言葉を紡ぐ。
「夕べ、暁の王に諭されたのよ…。上に立つ者は、非情にならねばならぬ時も有ると」
今まで宮内の事は月葉に全て任せて居たわね、と真耶佳は済まなそうに口にした。澪も、私の知らぬ所で側女の選別をして居た。少し、情けなくなったわ。そう言って真耶佳は、寂しそうに笑う。
「亜耶の覚悟にも、夕べやっと気付いたの」
「次の長としての、亜耶さまの覚悟ですか?」
そう、と真耶佳は頷く。物分かりが良いのね、と言われて澪は、哀しく微笑んだ。未来が見えても大蛇と婚った亜耶には、確かに覚悟が有った。
「私、亜耶の顔が見たい。亜耶の顔を見て、話したいわ」
「…では、真耶佳さまが朝湯を使われた後に、水鏡を揺らしてみましょう」
月葉も其れが良いと言うので、真耶佳は長めの朝湯に向かった。今日は、自分で衣を選んで。
真耶佳は湯殿から戻ると、淡紅色の衣を着て居た。裳と領巾は、山吹色だ。昨日までとは雰囲気の違った衣に、澪は驚いた。
「…変?」
「いいえ、良くお似合いです!」
「今日は澪が淡藍を着て居るから、暖かい色味にしてみたの」
「大王も、真耶佳さまの新しい魅力にお気付きになるでしょうね」
其の言葉に、真耶佳の表情が固くなる。もう先触れが有ったのか、と。澪はつい先程、と答え、真耶佳が大王の為に衣を選んだ訳では無い事を知った。
「其れでは水鏡を…あら?何か沈んでいる」
澪が水鏡から引き上げたのは、またも黄金の細工の品。綿津見神の護りを受けている事が、一目で分かる品だった。
「鱗…?」
綾の色の鱗だ、と月葉が言う。確かに、碧い鱗は神殿の主の片割れの物に違いなかった。額飾りだと分かる其れは二つ沈んでいて、月葉がお二人の物です、と断じた。
「真耶佳さま、今日は此方を。七色に光るので、どんな衣にも合います」
「分かったわ」
澪から受け取った其れは、直ぐに真耶佳の額で輝きを放つ。澪も月葉に付けて貰って、水鏡が静まるのを待った。綾の鱗は意外と小さいのだな、と、見た事の無かった澪は思う。すると水鏡が揺れ、亜耶の声が聞こえた。




