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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇

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二十八、甘さ

 月葉(つくは)以外は、宮から皆下げられた。今宵は酒を注ぐ側女(そばめ)も要らぬらしい。大王(おおきみ)は、真耶佳が自分の与えた紅を刷かない事も気に留めない。ただ、美しいと言う。

 真耶佳(まやか)が自分の指で、唇を擦って大王に見せた。

(もり)の紅は、色移りしないのです。私は肌に紅を残すのは、好もしいと思えません」

「そうか、悪い事をした」

 もうあの紅は使わなくて良い、と大王はあっさり言う。元より、杜の紅を刷いた真耶佳に惚れたのだ。肌色を引き立てる色の方が良い、と。

「其れより、何故黙って居た」

「…側女の件ですか」

 最初は大人しくして居たから、彼処までとは思わなかった、と。真耶佳は正直な感想を述べる。

「何と言われた」

(ひな)()、と嗤われました」

 途端に大王の顔が、かっと赤くなる。自分の后を雛つ女呼ばわりされては、大王とて愉快では無かろう。しかし、此処まで怒りを露わにするとは。真耶佳は、大王の自分への執心振りを見誤って居たかも知れない、と思う。

(あかとき)(きみ)、どうか寛大なご処遇を…」

「為らぬ。我が后を貶めた事、後悔させるまでよ」

 大王の頑なな態度に、真耶佳は慌てた。初めて大王を、恐ろしいと感じる。此の様子ならば命までは奪わないだろうが、醜女は見せしめに重い罰を科されるのだろう。

 月葉は、真耶佳は優し過ぎると言う。けれど自分の所為で、非道い事にはしたくない。側女の思い上がりを生んだのも、此の甘さ故。其れは解って居るが、心が追い付かないのだ。

「真耶佳、上に立つからこそ非情にならねば為らぬ時が有る」

「…はい」

 知って居る。亜耶には出来て居る。真耶佳は此処で、初めて妹姫(おとひめ)のもう一つの覚悟に思い至った。巫女としての覚悟、次の(おびと)としての覚悟。自分も、后としての覚悟を持つべきだ、と。真耶佳は大王に頷いた。




 頷いた侭俯き、目を閉じて仕舞った真耶佳に、大王が手を伸ばす。顎を掴んで肩を引き寄せ、真耶佳の体と密着する様に。

 目を開いた真耶佳に見えるのは、大王の白い(きぬ)。襟元に太く縁取りがされていて、手の込んだ作りだと真耶佳は思った。

「昨夜は、眠れなかった様では無いか」

「…共寝も手枕(たまくら)も、暁の王が初めてでしたから」

 そうか、と大王は満足げに目を細める。(いお)(もり)では王族の(つま)は、其の身に持つ勾玉が決めると聞いたが、と。大王が真耶佳の勾玉を(もてあそ)んで聞く。

「其れは、巫女姫だけです。私の勾玉は、持って生まれた物では有りません」

「では、其方は瑠璃が好きなのか」

「はい」

 そうかそうか、と大王は先程の怒りも何処へやら、上機嫌で相槌を打った。真耶佳は切り替えの早さに、此れが上に立つ人の資質かと驚いて居る。

「ならば其方に選ぶのは、瑠璃に見合った物にしなければな」

「恐れ多い事で御座います」

 大王が真耶佳の体を倒しながら、胸紐を解く。耳飾りがしゃらん、と音を立てた。そう云えば、昨夜は腰紐を解かれた覚えが無い。だから裳にあんなに血が付いたのか、と。真耶佳はもう一度目を閉じた。

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