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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇

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二十五、男御館

 亜耶は、昨夜逃した湯殿(ゆどの)に来て居た。此処を使うのはもう、亜耶独りだ。湯殿の女達は早耳で、既に(よば)いも孕みも知られている。

 皆が大蛇(おろと)について聞こうとする中で、只一人婆だけが(みお)の孕みを気にして居た。腹はどれ位出るのか、と右手をうずうずさせ乍ら聞いてくる。

「見せた方が早いわね。婆、頭の中でも目測(めばかり)出来るでしょう?」

「遣った事は有りませんが、多分…」

 婆が同意すると、亜耶は婆の額に手を伸ばした。闇見(くらみ)した澪の十月目(とつきめ)の姿を、婆の脳裏に映す為だ。

「おお…!」

 婆は、確と脳裏に焼き付けたと言って、澪の孕み着を繕う算段に入る。

「無理はしないでね、婆。澪が悲しむから」

「勿論ですとも!」

 俄然やる気が出て来たらしい婆が、勿論亜耶の分も繕うと宣言した。目下、義娘(むすめ)に技術を伝承中の婆だ、任せて置けば問題は無いだろう。

「それじゃあ婆、澪の分が出来たら教えてね。(くが)には話を付けて置くから」

 亜耶が湯から出たら、婆は直ぐに織り部の元に行く。そんな近い未来が見えて、亜耶は小さく笑った。




 湯殿の女達の追求は激しく、亜耶は辟易して湯殿を出た。体は温まったが、酷く疲れた。大蛇に付いては、神殿(かむどの)に住む守神(まもりがみ)の弟で在る事や、(おぬ)から人の身に成った事まで知れ渡って居る。また(うから)巫覡(かんなぎ)か、と澪の時と同じ気持ちになった。

 千年に一人の巫女姫。そんな言葉を口にする女も居た。一体何処まで知られて居るのか。好奇心に任せて、女御館(おなみたち)に来る者が居無いだけ良いと思う事にするしか無い。

 女御館に戻ると、階の所で大蛇と行き会った。何処に行くのか問うと、川で水浴びをすると言う。

「人の身になって川の水では、風邪を引くわ」

「…そうなのか?」

 此方に来て。そう言って、(むら)の反対側に在る男御館(おのみたち)に連れて行く。此処も、奥に王族用の湯殿が在る。

時記(ときふさ)兄様、居る?」

 男御館の中に声を掛けて、亜耶は時記を呼び出す。出て来た時記は、大蛇を見るなり久し振り、と言った。

「大蛇…時記兄様とも幼友達なの?」

「そうだぜ」

「よく川で、魚を突いて貰ったよ」

 大蛇と時記は、悪びれる様子も無く再会を喜び合っている。時記の口からお目出度う、と云う言葉が出て来た辺り、話は此処まで広まっている様だ。

「時記兄様、大蛇に湯を使わせたいのだけれど、構わない?」

「うん、じゃあ私が案内しようか」

 男だらけの所に、亜耶を行かせる訳には行かないからね、と。時記が笑って大蛇に手招きする。確かに、此方の湯殿に仕えるのは男衆だ。間違って亜耶に触れでもしたら、勾玉に弾かれて仕舞う。

「じゃあお願いね、兄様」

「うん。亜耶は少し待ってて」

 そう言い残して、時記と大蛇は男御館の奥に入って行った。時記は案内だけで終えたらしく、直ぐに戻って来る。

「大蛇、質問攻めに遭っていたよ」

 面白そうに笑う時記に、亜耶は複雑な心境だ。けれど時記は直ぐに真顔に戻って、私に澪は幸せに出来るかな、と問うた。

「あの清浄な気を、守れるだろうかと不安でね」

「寧ろ、時記兄様にしか出来ないわ」

 時記も、未来(さき)を見たのだ。其の言葉が欲しかった、と言って亜耶の頭を優しく撫でた。

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