二十四、紅
澪が用事を終えて宮に戻ると、真耶佳は身支度の真っ最中だった。瑠璃と黄金が一粒置きに連なった額飾りは、真耶佳の白い肌によく映える。耳飾りとの調和も取れていて、言う事が無い。
「ああ澪、有り難う」
洗い場に寄って来たのを、月葉も知って居るのだろう。ご苦労様です、と声を掛けられた。
「とんでもない事です。其れより、厨で聞いたのですけれど…」
族から連れて来た厨の者が、米を強く炊くのを拒んだと云うのだ。水加減、火加減、掛かる労力。そして、皆違う食事の時間。其れを鑑みるに、粥の方が効率が良い、と。
魚の杜でも同じ様な話になっているとは知らず、澪は聞き耳を立てて来た。
「其れで、今日は粥だったのね」
「ええ、其の様です」
あの米がもう出て来ないと知ったら、少し気が晴れたわ。そう言って、真耶佳が大人しく化粧台に着いた。今度は、雛つ女などと囁く側女は居無い。
「ねえ、あの紅どうしても刷かなくては駄目?」
大王の肌に色を残したと云う紅を、真耶佳は余り好んでは居無い。昨日刷いた時から、落ち着かない様子だった。
「今日からは真耶佳さまのお好きな様に、と亜耶さまも仰有って居ましたし…杜の紅でも良いのでは?」
澪が言い乍ら月葉を見ると、静かに頷いて居る。族で真耶佳の為に調合された紅は、色が淡くて真耶佳の肌を引き立てる。二人の後押しも有り、真耶佳はそちらを使うと決めた。大王に媚びても仕方が無い。そんな思いを垣間見た瞬間だった。
真耶佳に紅を刷くのは、月葉の役目だ。杜の紅は落ちないし、側女に任せて悪意有る失敗をされたら堪った物では無いからだ。白粉は、真耶佳には必要無い。瞼に細く墨を入れ、眉を整えたら其れだけで良い。何故こんなに美しい人が居るのだろう、と、澪は感心しきりだ。
「澪さま」
真耶佳に見惚れて居ると、月葉が声を掛けて来る。何か仕事だろうかと其方を向くと、月葉の真剣な顔があった。
「澪さまも、大王にはお気を付けになられませ」
何故そんな忠告になったのかは分からないが、澪は月葉に圧されて声も無く頷いた。何か、良くない未来でも見えたのかも知れない。神人の霊力は計り知れないのだから。澪が其の意味を知るのは、もう少し後の事。
今日も先触れが有ったから、早めの夕餉が届く。こんな時に落ちない杜の紅は便利だ。
「其れで、今日は何が有ったの?側女達の様子がおかしいわ」
いつもはこんなに勤勉では無い。真耶佳の言葉の端々から、そんな不満が漏れている。
「傲慢な醜女を一人、追い出しただけです」
月葉が何でも無い事の様に答える。真耶佳は驚いた様子も無く、月葉ならそうすると思って居た、と言った。
「其の件なのですけど、月葉。各務と云う側女を、側女頭にしませんか?」
「各務…?名を名乗る側女など、居たのですか?」
「はい。大王への接し方を教えて呉れたり、酒を取りに行って呉れたりしました」
一人浮いている、気の良い側女だと澪は小忠実に働く各務を指し示す。月葉が其の指先を追って暫く見詰め、良いでしょうと答えた。
「此れを機に、他の側女共も真耶佳さまを敬う事でしょう」
命ずるのは、大王の許しを得てから。そう月葉は言って、粥を口に運んだ。




