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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇

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二十三、血凝

 熊が焼けた。其れを聞いて、垂涎としか言い様の無い有様になったのは、巫王(ふおう)だった。何故、と聞くと、昔大蛇(おろと)に焼いて貰った事が有ると言う。

八津代(やつしろ)も食うか?」

「亜耶の為にお許しになられた物だろう?」

氷冴(ひさえ)にも少し持たせるし、八津代が食っても良いんじゃねえか?」

 残りは乾し肉だな。大蛇が独り決めして、真耶佳(まやか)の間を使って良いかと聞く。今日は晴れたとは言え、雨の季節だ。屋内で乾すしか無い。血凝(ちこごり)は今煮詰めて居るという。

「血凝?そんな高価な物を作ったのか?」

 巫王が驚いた声を上げる。大蛇は、綿津見神(わたつみのかみ)が必要だと言ったのは其の血凝だと返した。

「亜耶は直ぐ食が細くなるだろう?腹の子が大きくなって来たら必要だ、って綿津見の爺が言うんだよ」

「確かに、腹が大きくなると胃の腑が迫り上がって食が細くなる事も有るな」

 亜耶は元々食が細いし、用意して置いて下さるのは有り難い。巫王もそう納得して、熊の肉を求めた。

(こわ)い米は邑でも(くりや)でも不評らしくてなあ。小埜瀬(おのせ)が落ち込んでいた」

 昼は白粥だが、今夜から赤粥にさせよう。巫王は亜耶の我が侭も忘れて居ない。赤粥が良いとは赤米が余っていそうだから言っただけなのだが、亜耶の好物と捉えた様だ。

「お父様、厨でも不評ってどう云う事?」

「ああ、一度炊いて仕舞うと、再び火を入れるのが難しいらしい。その点、粥の方が融通が利くと言って居たよ」

「其れは始末が悪いわね。皆、食べられる時間も違うもの。粥の方がやっぱり良いわ」

 矢張り、慣れ親しんだ物が良い、と。巫王と亜耶は意見の一致を見た。その間にも熊の肉を運んで居た大蛇が、巫王に声を掛ける。

「八津代、此処で食ってくか?」

「私の分の粥が無いだろう。御館に戻って食べるよ」

 足りると思うぜ、と大蛇が持って来た器は、確かに大きかった。大蛇がどの位食べるのか、様子見で持って来たのだろう。ならば、と巫王も亜耶の間で熊の肉を食べて行く事になった。

 心なしか巫王がはしゃいで居るのは、若かりし日に戻った気分なのだろうか。大蛇とはよく、共に神山(かむやま)に入っていたと聞く。生き生きした巫王を見るのは嬉しいので、亜耶は此の直会(なおらい)を好もしく思った。




 熊の肉は特段生臭くも無く、大蛇の腕を感じさせた。巫王は随分と食らって満足して帰って行った。

「大蛇」

「何だ?」

「有り難う」

 巫王の事も、未来の亜耶を心配して呉れる事も。心で言って肩に寄り掛かると、頭を撫でられた。乾し肉作りの続きが有るのは知って居るので、亜耶は直ぐに離れる。

「真耶佳の間、結界を張って湿気を払って置く?」

「ああ、そうして呉れると有り難え」

 (もぬけ)(から)になった真耶佳の間には、乾し肉の為の木組みが持ち込まれた。(みお)の間には澪の物で無い荷物が残っているので、真耶佳の間になったのだろう。亜耶が結界を張ると、室内の空気ががらりと変わる。まるで、冬の様な乾き。乾し肉が早く出来そうだ、と大蛇はご満悦だった。

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