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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇

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二十二、碧い衣

 昼餉が来たので、真耶佳(まやか)を起こさねば。月葉(つくは)とそんな話をして居るのだが、真耶佳の健やかな寝息は続いている。余程、昨夜は気を張ったのだろう。(みお)は、起こすのが申し訳無くなって来た。

「少し眠気が残っている方が、夜お休みになれるかも知れません」

 食事が冷める前に、と月葉が言って、(ねや)に入る。真耶佳さま、と幾度か呼ぶ声がして、寝息は途切れた。昼餉だと告げられて起きて来た真耶佳は、矢張り昨夜の衣の侭。

「真耶佳さま、お食事が済んだら今宵の(きぬ)を選びましょう」

 澪が努めて明るく言うと、真耶佳がげんなりとした顔をした。そして、てきぱきと動く側女(そばめ)達を見て、違和感が有ったのだろう。如何(どう)したの?と訊ねて来る。

「真耶佳さま、お食事が先です。今日は粥の様ですよ」

「まあ、其れは嬉しいわ。(こわ)い米は重くって」

 確かに粥より、強い米の方が腹持ちが良い。澪も昨日、寝る前に胃が重く思った。月葉も同意見らしく、粥を歓迎している。

「其れに今日は、焼いた牛だそうです」

「焼いた…牛?」

 杜では出なかった物だ。どんな物かと見てみれば、灰色めいて余り食欲をそそらない。しかし香りは良いので、澪が率先して齧り付いた。

「澪、どう…?」

大蛇(おろと)さまの燻した兎の方が、美味しいです…」

 此れは此れで良いですけれど、と取り繕い乍ら、澪は本音を出して仕舞った事を詫びた。先程迫力を見せ付けた月葉が心底可笑しそうに笑い、宮の空気は解れて行った。




 今宵の衣を決める作業は、難航した。寒色暖色どちらも風を通して置いたのだが、其れが却って真耶佳を悩ませて居る。どちらが似合うかと聞かれる方も困る。どちらも似合うからだ。

「真耶佳さま、今宵は額飾りはなさいますか?」

「…昨日着けなかったし、着けようかしら」

「では、瑠璃に合わせた色の方が宜しいですね」

 真耶佳は結局、澪と月葉に任せると言って湯殿に行った。衣が決まったら届けて呉れと。

「青は昨日着ましたから、碧にしましょうか」

「そうですね、そうすると裳と領巾は空色が良いでしょうか?」

 結局、澪と月葉で相談して決めるが、二人は大王の趣味を知らない。杜で美しいと言われる衣を選び、澪が湯殿(ゆどの)に持って行く事になった。

「真耶佳さま、衣は此処に置いておきますね。夕べの衣はお預かりします」

 賑やかな湯殿に向かって、澪は声を掛ける。有り難う、と中から声が聞こえ、端女(はしため)が一人出て来た。

「鮮やかな色の衣ですね。真耶佳姫には佳くお似合いになりそう」

「ええ、真耶佳さまには何でも似合って仕舞うから、迷うんです」

「確かに、あれだけお美しければ…」

 澪も湯殿で暫し談笑し、気が付けば真耶佳が湯から上がって来る。

「あら澪、待っていて呉れたの?」

 湯で上気した頬で微笑まれれば、澪とて見惚れて仕舞う。真耶佳は澪の持って来た衣を愛で、此れは良いわ、と笑った。

「所で澪…」

 真耶佳が急に澪の手から昨日の裳を取って、広げて見せた。裏側にはべったりと血の跡が付いており、大王を満足させたのは此れか、と澪は納得する。

「此れ、落ちるかしら?気に入ってるの…」

「大丈夫です。血の跡なら水で洗えば落ちますから」

 何だったら、私が落としてから洗い場に持って行きますよ、と。澪が言うと、人に見せるのは恥じらわしかったのか、真耶佳はお願い、と応じた。

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