二十、側女
真耶佳は、朝餉は要らないから眠る、と言い出した。亜耶と会話して安堵を得、睡眠欲に勝てなくなった為だ。
「ねえ月葉…、この耳、塞がなければ駄目?」
「魚の杜なら兎も角、此処では塞いだ方が宜しいかと」
今回は霊眼は開いて居無い。大蛇が中座した事も、真耶佳は気付いて居無いだろう。杜ならば兎も角、とは、此の宮に宮外の姫や采女の僻みの声ならぬ声が集まって来るからだ。
毎日大王が通う様になったら、その僻みは今以上になる。月葉も澪も、そんなものを真耶佳に聞かせたくは無い。
只でさえ、霊眼を持つ月葉や澪には僻み呪いの黒い針が見えて居るのだ。亜耶と話す度に、耳は開けば良い。月葉と澪にそう諭されて、真耶佳は耳を閉じる事に同意した。
やっと独り寝の許された閨からは、直ぐに真耶佳の健やかな寝息が聞こえて来る。月葉曰く、大王は思いを遂げると直ぐに眠りに就いたが、真耶佳はそうは行かなかったらしい。
「馴れるしか、無いですね…」
「ええ、澪さまはどうやって馴れたのです?」
其れは…と言い掛けて澪は、顔を赤くして俯いた。先にお眠りになっていたのですね、と月葉にからかわれ、否定も出来ず澪は耳まで赤くする。
「八反目さまはしつこそうですし、仕方が無い事かと」
月葉の慰めに、ああ、また八反目の評を下げた、と澪は思った。
亜耶の言った通り、昼前には先触れが来た。真耶佳は未だ眠っているが、起きたら直ぐに伝えなければ。
そう云えば、真耶佳は昨夜から着替えて居無い。湯殿にも、替えの衣を持って行かなかったからだ。今宵の衣は何にするか。澪と月葉は真耶佳の好みそうな物を幾つか取り出し、風を入れた。
側女達は大王がお出ましにならなければやる気が無く、惰性で掃除をして居る。大王に酒を注ぐのは我先にと行くのに、と月葉は怒って暇を出す側女を見定めて居る様だ。余り人数を絞られては、澪の腹が大きくなった時に困る。しかし野放しにすれば、側女達には怠け癖が付くだろう。
「少なくとも、真耶佳さまを雛つ女呼ばわりした醜女は要りません」
「あの時は、周囲も嗤って居た様でしたが…」
「言い出した者を、先ず罰します」
そう言うが早いか、月葉は件の側女に近寄って行く。一番怠惰な側女が、其処の醜女、と呼ばれて驚いた顔をした。
「お前は、此の宮に要りません。疾く荷物を纏めて出て行きなさい」
后の守人直々に、頸を言い渡されるとは思わなかったのだろう。側女は悔しそうに口元を歪めて反論する。
「私は大王から遣わされた側女です。出て行けというなら大王に…」
「大王に遣わされたからこそ、后を貶める側女は要りません」
宮外で、采女にでもなって見せなさい。其の容色では見向きもされないだろうけれど、と。月葉の言葉には、容赦が無い。側女も、美しさの桁が違う神人に詰め寄られて苛立たしくも涙を浮かべて居る。此の側女は大王から遣わされた者の中では主峰だったらしく、他の側女達が一度ざわめいて、押し黙った。
「もう一度言います。出て行きなさい」
宮を包む沈黙の中で、月葉の声は凜と響く。側女は、持って居た布巾を投げ捨てて足音荒く出て行った。だが、月葉の独壇場は此れでは終わらない。
「他に、真耶佳さまにお仕えしたく無い者は、今直ぐ荷物を纏めて宮外へ出なさい」
雨の季節に放り出された側女の、行く道は知れない。大王からも見捨てられるだろう。側女達に動く者は無く、粛々と掃除が続けられた。




