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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇

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十八、善事禍事

 真耶佳(まやか)端女(はしため)達の遣り取りは微笑ましく、(みお)も時間を忘れてお喋りに興じて仕舞った。其の間だけは、哀しい未来(さき)を忘れられる気がしたからだ。

「真耶佳さま、澪さま」

 女達の笑い声を切り裂く様に、月葉(つくは)の声が湯殿(ゆどの)に響いた。水鏡(みずかがみ)が揺れております、と少し急いた声が。其れはいけない、と澪が先に湯から上がろうとする。端女が慌てて動き出し、真耶佳も上がると言い出した。

「聞こえはしないけれど、私も一緒に居させて」

 不安を取り戻した声でそう言われて仕舞えば、おいそれと置いて行けるものでは無い。月葉に先に話して居て貰う様頼んで、澪は真耶佳を待った。

 二人とも、(きざはし)を昇る足は矢張り重く、亜耶の闇見(くらみ)の常の正しさを思い知る。本当は、聞きたく無いのだ。哀しい未来など、誰も。

 亜耶の様に向き合う事など、そう誰にでも出来る事では無い。特に真耶佳は、巫女としての霊力(ちから)を持たず生きて来た。善事禍事(よごとまがごと)全て、巫王(ふおう)や亜耶から言われる侭に振り分けて来たのだ。輿入れしたからと云って、一朝一夕で一人立つ覚悟が出来る筈が無い。

 澪とて、船巫女(ふなみこ)として鬼道(ほしよみ)をして来ただけだ。人の世の事は、先見(さきみ)する事など殆ど無かった。(いお)(もり)に迎え入れられ、意図せず闇見の霊力を得たに近い。

 亜耶は未来が見える事を善しとして居たが、並大抵の覚悟では無いだろう。其れが、強がりだったとしても。

「亜耶さま、お目出度う御座います」

 月葉と代わった途端、澪は祝意から述べた。心から祝う為に。

「ええ、澪の孕みの方が早いと云っても、二十日程の事だったみたい」

 応じる亜耶も、素直に受ける。昨日は済まなかった、と言いつつ、共に水鏡に映る大蛇(おろと)と幸せそうだ。でも、と亜耶が声を低くする。

「私達の(よば)いが、一の兄様を殺すわ」

 澪が身構える前に、亜耶は言い切って仕舞った。




 澪は、今回は泣かなかった。己の見た未来が証された気分で、不思議と涙は出て来なかったのだ。

「澪、落ち着いているのね…」

「昨日、大蛇さまが人の身になられた時に見えました。大蛇さまにもお聞きしました。八反目(やため)さまは、此れまでなのですね」

「勿論、妹背(いもせ)言挙(ことあ)げは子が生まれるまで遅らせるわ」

 だから、真耶佳と月葉にしか言わないで。亜耶がそう言うのに、澪は頷いた。

「申し訳有りません、私の所為で…」

「違うわ、私の力が及ばなかったからよ」

 押し問答になりそうな所を、大蛇が割って入る。俺の所為にしろ、と言うのだ。勿論澪は頷かなかったし、亜耶も否定した。

「でも、どうしても憎くなったら…、俺の所為にしろ」

 大蛇はもう一度言って、澪と亜耶を黙らせる。澪の後ろに控えて居た月葉が、そんな日は来ません、と小さな声で言った。

 所で、此の会話に付いて来られなかったのが真耶佳だ。澪の祝りの理由も知らないし、八反目が此れまでとは何なのか、と。昨日、真耶佳に知られぬ様に大蛇との会話を終わらせて仕舞った所為で、状況を何も知らない。

「真耶佳さま、亜耶さまと大蛇さまが妹背に成られました。お子も授かって居ります」

 澪が、真耶佳に向き直って言う。八反目の事と口止めは、月葉が補足して呉れた。

「まあ」

 真耶佳の表情は一瞬輝いたが、八反目を殺すとは如何なる事なのかと眉を顰める。しかし、幼い頃からの八反目の妄執を知る真耶佳の事。妹背の言挙げを遅らせるには、賛成した。

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