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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇

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十六、后の孤独

 大王(おおきみ)のお下がりに合わせて、(みお)は少し早く御館(みたち)を出た。見送りをしなければ成らないのだ。八反目(やため)は夕べの酒で未だ寝て居たが、時間になれば従者(ずさ)が起こすだろう。

 宮に着けば、丁度大王が(ねや)から退出する所だった。真耶佳(まやか)も眠たげに大王を送り、月葉(つくは)が大王を澪の方に連れて来る。

 澪が頭を下げようとすると、大王に顎を掴まれた。

「今朝は泣き腫らして居無いな。其の方がずっと美しい」

 澪の顔をじっくりと眺めて、大王が言う。昨夜八反目の勧めで、氷で目を冷やしたのが良かったのだろう。澪は顎を掴まれて居るので、下手に声が出せない。

(あかとき)(きみ)、私の妹姫(おとひめ)が困って居ります」

 真耶佳の惘れた声で解放されたが、澪は大王よりも八反目の方が目鼻立ちは整っている、などと考えて居た。

 結局、大王は外で待たせていた従者と共に自らの宮に帰って行き、宮内(みやうち)には静寂が戻った。

「何をお話しになられましたか?」

 澪が聞くと、真耶佳は余り答えたく無さそうだ。青い(きぬ)と紺の裳と云う夕べと同じ姿で、ゆらりと其の場に崩れ落ちた。

「真耶佳さま!?」

「水を持って参ります!」

 月葉が急いで宮から出て行き、側女(そばめ)達も下がっているので澪と真耶佳の二人きりになる。

「暁の王は…吾子(あこ)太子(たいし)にと仰有ったわ…」

 真耶佳の小さな声は、聞き逃して仕舞いそうに微かで、しかしその内容に澪は緊迫感を持った。(いお)(もり)から大王が出る。(まつりごと)に関わらぬ隠れ里から。其れは、戦の気配を濃くするものでは無いか、と。

「亜耶に…聞きたいの。そんな未来(さき)が、訪れて仕舞うのか」

 将又(はたまた)酔いの果ての、閨の睦言なのか。真耶佳が震える手で澪の腕輪を掴み、お願い、と言う。

「亜耶さまがお戻りになったら、水鏡(みずかがみ)で教えて呉れるそうです。暫し、お待ち頂けますか?」

「ええ、待つわ」

 水と手拭いを持って来た月葉に礼を言い乍ら、真耶佳は真っ青な顔で頷く。湯に浸かりたい、と真耶佳がぽつりと言った。外控えの側女に湯を沸かす様指示したら、もう沸いているとの事だった。

 水鏡は未だ揺れない。真耶佳に、先に湯に浸かってはどうか、と提案すると、澪も一緒よ、と返って来た。




 久し振りに人と湯殿(ゆどの)に入った、と言う真耶佳の顔には、先程の青白さはもう無い。澪はと云えば、后の湯に浸かるなど、恐れ多いとたじろいでいる。

 后の湯は杜の湯殿とは違って端女(はしため)も皆静かで、真耶佳が澪を誘った理由が何となく分かった。

「此処で話した事は、外へ漏れて仕舞うのですか?」

 澪は、静かな端女達に声を掛ける。すると、声が掛かるとは思って居無かったらしい女達が、一様に身を強張らせた。

「怒って居るのではありません。出来れば…真耶佳さまに安らいで頂ける様に、少しでも声を掛けて差し上げて欲しいのです」

 澪の穏やかな物言いに、女達の緊張は半分解けた様だ。しかし、年嵩(としかさ)らしい端女が澪に言う。

「お声掛けを許されても、あたし達には学が無いものですから…」

 残りの端女達も、うんうんと頷いて居る。今度は澪に変わって真耶佳が、そんな事は良いのよ、と微笑む。真耶佳の微笑みに頬を染めた端女達が、真意を聞こうと徐々に前に出て来た。

「女同士の話に、身分なんか関係ないでしょう?ただ其の日起こった事や、嬉しかった事、哀しかった事などを皆と話したいの」

 私の族では、そうだったから。真耶佳が言い終わると、では、とばかりに端女の一人が此処で話した事は、外には漏らさぬと決めよう、と言い出した。

 宮で相手にする高慢な側女達と違って、此処の端女達は純朴なのだろう。

「あの、偶には私も、真耶佳さまにご一緒しても良いですか?」

 澪が訊ねると、端女達が出来れば足繁く、と応じて真耶佳までも笑い暮れて居た。澪は此処で、高貴(あて)なる后と奴婢(ぬひ)に近い端女の立場を中和する事が叶ったらしい。真耶佳の孤独感を、少しでも除けたなら良い。

 澪は新しく出来た二人の姉姫の、それぞれの幸せを強く願って居た。

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