十四、初夜
真耶佳は、大王を前に何をした物か悩んでいた。澪は大王を通すと直ぐに退出して仕舞ったし、月葉は閨の外だ。頼りの亜耶は、昼を過ぎてから全く水鏡に応じないと云う。
共寝をする前の男女が何を話すのかも、真耶佳は知らない。大王も喋らないので、其れに合わせて黙って居る。
只ひたすら、顔を見詰め続けられるのは居心地が悪い。側女が酒を足しに来た時だけ、視線が逸れる。そんな有様だ。
其の側女も退けて仕舞い、今は沈黙が騒がしい。
「暁だ」
「は…?」
「我が真名は暁だ。そう呼んで呉れ」
沈黙に耐えかねたのか、大王が言い出す。真耶佳は深々と頭を下げて、暁の王、と呼んだ。満足げに頷いた大王は、真耶佳に魚の杜の事を尋ねる。
「綿津見神を国つ神とすると聞く。其方もか」
真耶佳は袖を捲り、黄金の腕輪を示した。
「綿津見神様から頂いた物です。何れは杜に、帰る様にと」
大王は真耶佳の腕を取ると、腕輪をじっと見る。継ぎ目無く黄金を肌に添わせるのは、人の術では無い。継ぎ目が無いだけでなく、精巧な龍の文様まで有る。見事な物だな、と大王は言った。
大王が腕輪を見終わったのに気付いた真耶佳が、腕を引こうとする。しかし、大王は真耶佳を離さない。
「神つ技の黄金を付けた姫、現人神と生を受けた我が手に一時落ちて呉れぬか」
真耶佳は、一時であれば、と応じた。
澪は家路を急いでいた。と云っても、数十歩も離れては居無いのだが。大王は真耶佳を前にすると直ぐに澪に退出を命じ、今に至る。
昼間見えたのは、亜耶の婚いに伴う八反目の死。初めから決まって居たらしい其れは、大蛇の言葉に依って裏付けられた。
恐らくは、二人が妹背の言挙げをした時に八反目は黄泉路へと行くのだろう。亜耶はきっと、言挙げを遅らせると言う。澪の腹に、八反目の子が居るから。
亜耶の今を見ようとしても、澪には叶わない。見えるのは吹雪ばかりだ。綿津見神が見せないのかも知れない、と云う月葉の言葉で、もう闇見は諦めて居る。
物思いに沈む数十歩は早く、御館に入ったのは今し方。階を昇ると、八反目が酒を仰いで居た。
「澪、此方の酒は族のものより辛いぞ」
少し酔った様子で、八反目は澪を出迎えた。既に、顔が赤くなって居る。
「澪も飲むか」
杯を持ち上げて、八反目が聞く。澪は、腹の子に悪いと言って断った。
「そうだったか…知らずに済まない…。澪、泣いていたのか?」
酔った八反目は、今更澪の泣き腫らした顔に気付いたらしい。澪は言い訳を考えようとして、其れでも八反目の顔を見たらまた涙が溢れて来た。
「澪!?」
如何したのだ、と八反目が慌てる。澪は何か涙の理由を見付けようとして、どうにか大王が、とだけ言った。
「大王に、何かされたのか?今宵は真耶佳の元へお越しになったと聞くが」
「ご案内するのに、緊張して仕舞って…」
何もされては居りません、と澪は付け加える。安堵した様子の八反目に、また泣けてきた。周りは見えない人だけれど、澪には優しく接して呉れる。杜へ帰る時までは保たないとは思って居たけれど、別れがこんなに早いとは。
「澪、存分に泣くと良い」
抱き締めて来る八反目の胸に、澪は顔を埋めて思い切り泣いた。




