十二、泣き腫らして
ゆらゆら、水鏡が揺れる。普段と違う揺れに、大王を待つ澪は直ぐに飛び付いた。
「澪か?」
「…大蛇さま、人に、なられたのですね」
其れは望んだ亜耶からの声で無く、先程亜耶の夫となった大蛇からの物だった。少し気落ちして、でも水鏡が繋がった事に安堵する。月葉も寄って来て、様子を伺って居た。
「悪いな、澪、色々と…」
「とんでもない事です」
気不味そうな大蛇に、澪は泣き腫らした笑みを向ける。大蛇はもう一度悪い、と言った。
「亜耶も、分かって居れば最初から時記をお前の夫に選んだと思う」
俺が割り込んだ所為だ。大蛇はそう言って、澪への謝罪を続けようとする。
「亜耶さまが、其の時の全てを注ぎ込んだ結果です。私は、幸せで御座います」
澪は、亜耶を恨む気は毛頭無いと断言した。真実なのは、其の表情からも明らかだ。
「其れで、亜耶さまは…」
「亜耶は今、取り込んでるんだ。一晩、待って遣って呉れねえか?」
「はい、待ちます。亜耶さまの一大事にまでお頼りする事は、致しません」
大蛇が有り難う、と言って一つだけ付け加えた。雪が降っているのは杜じゃ無い、神殿だ、と。
「其れは、どう云う…」
「大王が来るのだろう、澪?明日、亜耶に尋ねて呉れ」
そう言われて仕舞えば、其の方が良い様な気がする。澪は心遣いを感謝し、大蛇を亜耶に返した。
「澪さま…」
「月葉、思ったより状況は悪くないです」
ええ、と月葉が応じる。既に閨に控えさせられて居る真耶佳には、良いも悪いも伝わらない様に。
大王は、先触れと共に現れた。少し、急いた様だった。深く頭を下げて出迎えた澪に、大王は改まらなくて良いと言う。
「澪と云ったか?其方は美しいのに、いつも泣き腫らした顔をして居るな」
何か無為でも強いられたか。大王に名を覚えられて居るだけで無く、気遣いまでされて澪は慌てた。
「無為を強いる様な者は、此の宮には居りません…」
「そうか。孕んだばかりだと聞く。ようよう無理はせぬ様に」
澪から見れば充分見目麗しい大王は、役目を終えたら下がる様に、と澪に言った。頭を下げて応え乍ら、澪は又しても気遣われて居る、と思う。
「大王、其れでは此方へ…守人の、月葉で御座います」
「閨の外にお控え致しますので、何なりとお申し付け下さいませ」
月葉も深く頭を下げ、主の夫を迎えた。黄金の髪が、肩からふわりと落ちる。
「月葉、其方は神人か」
その様に生まれました、と月葉が答える。大王は嘆息して、無遠慮に月葉を眺めた。美しいものよ、と感想を述べたので、月葉はまた頭を下げる。
「其れでは、真耶佳さまの元へ…」
語尾を濁すのは、失礼に中らない為だ。澪は一人浮いた気の良い側女、各務から教わった。
「おお…!」
真耶佳を一目見た大王は、恋するが如く声を上げる。実際、真耶佳を恋して居るのだ、と。月葉も澪も、心を合わせた。




