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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
魚の杜篇
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四、陸

 (くが)の空気は、肌に合わない。亜耶は巫女姫どころか神人(かむびと)扱いだし、真耶佳(まやか)(まつりごと)に巻き込まれそうな危うい空気だ。

 (いお)(もり)(うから)は、代々政には関わらない。大王に善事禍事(よごとまがごと)夢見闇見(ゆめみくらみ)を進言する事は有っても、其れは飽くまで外側からの事。杜の族にまともな姫が生まれなかった時期には陸の族の姫が大王に嫁していたし、どうしても巫覡(かんなぎ)の血が必要と云う訳では無い。真耶佳の輿入れは、代々と同じく従順の姿勢を示すものに過ぎないのだ。

 けれども時の流れと共に、人は(うつ)ろう。今の陸の族の(おびと)は、野心家だ。気前良く真耶佳に色々を与えて持たせ、発言の場を持とうとする。

 陸の姫が嫁す事は有っても陸の族人(うからびと)が帯同しない理由、其れは浮世に塗れた人の野心の所為だ。

 政には関わってはならない。関われば、豪族達の構える刃の切っ先が喉元に突き付けられる。

 魚の杜の族はそうして、杜が杜たる所以を守り永の年月を生き延びて来た。其れが、陸の若き長には未だ見えて居無い。

「あら、ありがとう」

 真耶佳が西の船から下ろされた何かを受け取り、礼を言って居る。陸からの貢ぎ物か、と険を濃くした亜耶に、真耶佳がはい、と其れを手渡す。

「此れ、は…?」

「今日に合わせて、お父様にお強請(ねだ)りして置いたの。亜耶だって着飾っても良いでしょう?って」

 真耶佳から渡されたのは、大粒の菫青石が小粒の菫青石に囲まれて揺れている、派手な耳飾りだった。お父様から、と云う事は、陸からの影響は心配無さそうだ。

 佳く見れば、真耶佳の着ける瑠璃と同じ装飾の耳飾り。

「ねえ亜耶、私たちは同胞(はらから)だったのよ」

 亜耶の肩越しに普段見るより深い色の海を見乍ら、真耶佳が言う。忘れないで、と切なげに。

「此れからも、真耶佳は同胞だわ。ただ、…」

「私の生む子は違う、そうよね?」

 冷酷にも聞こえる言葉を真耶佳が接いで、亜耶は仕方無しに頷く。真耶佳の里下がりは許す。でも、大王の血を引いた子は捨てて来い。其れが、杜の在り方。

 神代(かみよ)が終わり、大王と云う強き者が起ってからの、綿津見宮(わたつみのみや)の在り方だった。




 西から来た黄金(こがね)の細工はどれも手が込んでいて、どれを真耶佳に宛がって良いのか亜耶は頭を悩ませて居た。豪族から輿入れする姫達の中には毎日違う額飾りを挿げ替える者も居ると云うし、幾つか見繕っても良いのかも知れない。

 少なくとも、輿入れの其の日に被る物と祭事用、普段使う物で三種類は有っても妥当だろう。

 黄金の対価は、巫王や亜耶の霊力。どれだけ選んでも、お釣りが来る。

「真耶佳、此れは?」

「翡翠が厭」

「此方のは?」

「重そう」

 こんな具合で選ぶのも大変なのだが、姉妹で物を選んだ事など無いので少し嬉しい。

 けれど日が高くなっても真耶佳の額飾りは決まらず、そろそろ(きぬ)の上に巻いた上衣(かみぎぬ)が暑い。襟元を少し寛げて風を入れるが、海からの風は矢張り暑いのだ。

「…亜耶、具合悪いの?」

 流石に上気した頬を見咎められたか、真耶佳が済まなそうに振り向いた。厚着をして居るから熱風に中てられただけ。其れだけなのだけれど、厚着をしている言訳(ことわけ)が問題だ。

「何でも無いよ」

「ごめんなさい…楽しくて、長引けば良いって思って…」

 真耶佳も亜耶と同じ楽しみを感じて居たのだろうか。美しい眉が、後悔に下がっている。

「幾つ選んでも良いから、真耶佳の気に入る様にやって頂戴」

 ふ、と笑って真耶佳の髪をなぞれば、少し安堵した顔に成る。ああ、真耶佳は素直な娘に育ったのだな、と妹姫(おとひめ)ならざる感慨に耽ったのは、内緒だ。

「ねえ、瑠璃の付いた物を全部見せて下さる?」

 細工師に向き直った真耶佳が、(たお)やかな笑みで言う。唇一つで人を動かす、其れは人の上に立つ者には無くては為らない特技だろう。

 亜耶も今後杜の長を名乗るのだから、見習わねば。そう思う先に、探していたものを見付けた。

「真耶佳、ごめん。ちょっと行ってくる」

「ああ、神夢(かむゆめ)の?行ってらっしゃい」

 陸に来る迄の船の中でちらりと言葉に乗せた所為か、真耶佳の反応も早い。

 港に着いた大きな船の陰で、膝を抱える少女。彼女に向かって、亜耶は一心に歩を進めた。

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