八、酒
亜耶に聞き忘れた事が有った、と言い出したのは月葉だった。大王のお通いに、酒は必要か。其れだけの事なのに、三人では答えが出ない。ならばいっそ月葉が見ればとも思うが、どうも其れは別の話らしい。
「私、酔った男に無理を強いられるのは厭よ」
真耶佳がそう言い出したので、澪は亜耶を呼んだ。けれど、呼べども呼べども水鏡は応えない。
「亜耶さまは、御館をお離れの様ですね」
「今回だけは口を出すと仰有ったのに…困りました」
亜耶自身が酒を好かない為に、意識の外に在ったのか。其れとも、用意して当然の物なのか。此の宮の外では、毎日酒が振る舞われると聞く。困った澪は、側女の一人に訊く事にした。
各務と名乗った側女曰く、此の宮では食事は豪華だが、酒が出ない事だけが不服だと嘆く従者が多い、と。其れに、大王は酒がお好きで在られるとも。
「では、宮の外から酒を頂いて来ましょうか」
澪が提案すると、各務は自分が行くと申し出た。恐らく今後は、宮内に酒が出回るのだろう。
澪が戻ってそう告げると、真耶佳は大きく溜息を吐いた。
「酒で乱れた宮には、したくない物だわ」
側女に聞こえる様に釘を刺す真耶佳に、澪と月葉は苦笑いするしか無い。真耶佳に無礼を働けば、即縊られる。身分の低い者ほどそう云う事には敏感なのだし、禁じても持ち込まれるのは時間の問題。
真耶佳を宥めるのは、月葉の役目だ。澪は酒の持ち込みは真耶佳の意では無い事を、出来る限り触れて回る。
澪も、八反目が酒を飲む様になるのは酷く不安だ。しかし、大王が酒好きでは仕方無い。真耶佳が発言権を持つ様になったら改めて貰おう、と澪は固く心に誓った。
亜耶が昼間、最近杜では強い米が出ると言って居た。其れが此れなのか、と三人で食らうのは少ない水で炊いた米だ。普段は杜で充分とされる水で炊いた粥を主食としていたが、此方では強い米が主流だと云う。
厨の族人に、大王から遣わされた従者が教えたのだそうだ。杜では、八反目と交代した小埜瀬が広めたのだろう。
「形の在る米を噛むって、不思議ね」
「赤米では倍の時間が掛かると、厨で聞きましたよ」
大王は夕餉を欲しないと言うので、先に済ませようと云う事になった。強い米は粘りが強く固まるので、匙に乗せるのも一苦労だ。既に、澪は幾度か床に溢している。
「私、朝だけは粥が良いわ」
「私もです…」
「同感です、私も粥に馴れて居りますので」
悪意の有る側女が、雛つ女と陰口を言うのが聞こえた。此方も隠れ里から出て来た自覚は有るので、暴言に成って居無いのに気付かないのだろうか。
月葉が鋭い視線を向けると、側女は目を逸らした。居直れないならば、言わなければ良い。側女の分際で大王のお手付きを期待して居るのなら、堂々として居れば良いのだ。尤も、容色が追い付いて居無いが。
「美しい方が美し言を言うと、当然だと思いますけれど…逆もまた然りですね」
「ええ、此方は杜から出て来たのだもの。気にする必要が無いわ」
真耶佳への暴言に激高した月葉に、真耶佳と澪が揃って止めに入る。相手にする程の者でも無い、と言外に滲ませて。
側女は、馬鹿にされたと知って顔を真っ赤にして出て行った。仕えを放棄したのか、腹癒せに酒でも仰いで来るのか。余り、此の宮に長くは居なさそうだ、と澪は思った。




