六、再びの出立
真耶佳も澪も、月葉が水鏡に向かって言った言葉の意味が分からない。亜耶が独りで耐えた、とは何なのか。
「亜耶さまは、頼られる事に頼ってお出ででした」
水鏡の向こうで、亜耶がはっとした顔をする。確かに先程、頼って呉れないと嘆いたと。
「真耶佳さまも澪さまも、心をお強くして魚の杜から出立済されたのです。亜耶さまにも、真耶佳さま方から旅立って頂かねば」
「………」
両手の指で足りる年数の別れでは無いのです、と月葉は言う。次に会う時には、お互い状況が違う、少女の侭では居られないのだ、と。
「淡く覚えた違和感は歪みとなり、歪みは仲睦まじいお三方の関係性を変えて仕舞います」
一度旅立って置かねば、其れは命取り。お三方にはずっと、仲の良い姉妹姫で居て欲しかったのです、と月葉は結んだ。
「其れに、后に成るのは八反目さまが一人で決めて仕舞いましたが、真耶佳さまにも政への警戒心を持ち、ご自分で考えて頂きたかった」
そう云えば、と真耶佳は思案する。亜耶が居無ければ、衣の色一つに迷う自分が居た。后に成れと言われた時も、魚の杜の合意を得てくれと言うに留まった。
「亜耶…私の所為ね」
母を亡くしてから、頼り切りで済まなかった、と真耶佳は言う。真耶佳は水鏡の声を聞く事は出来ないが、亜耶には伝わる。
「月葉、真耶佳の所為じゃ無いって伝えて」
私が弱かったからだわ、と亜耶は言った。月葉は笑って、真耶佳に亜耶の言葉を伝える。
「其れに、后に成った事自体は責めて居ないわ。大王も、柵みの無い后を欲して居たのだし。真耶佳に与えられた宮は、綿津見神様の邑がもう一つ出来たと同じ事よ」
国つ神を綿津見神様として居無い従者も増えたけれどね、と亜耶は笑った。
蟠りが解けた所で、月葉が澪に場所を代わった。何か今宵に関して、尋ねたい事は無いか、と。
「亜耶さま、今宵真耶佳さまの衣は如何致しましょう?」
結局衣の色は聞くのか、と真耶佳が苦笑する。けれど月葉が何も言わないので、必要な事だと気付いた様だ。
「輿入れの日の衣を着て。紅は大王から賜った物を刷いてね」
髪は結わなくて良い、額飾りも要らない。亜耶は次々と、指示を出して行く。矢張り、亜耶も口を出したかったのだ。そう思うと、澪は心温くなる。
「其れから澪、入口でのお迎えは、貴女がしてね」
澪は一瞬、耳を疑った。奴婢上がりの自分が、大王と対面する。可笑しな話、と。
「澪、貴女はもう一の兄様の妹なの。居無ければ不自然だわ」
「…私がお出迎えして、真耶佳さまの所にお導きするのですか?」
「そう。途中で月葉も紹介してね」
荷が重い、が澪の率直な感想だった。けれど気が付けば、澪は此の宮で真耶佳に準ずる立場なのだ。
「分かりました…」
覚悟を持ってそう言うと、亜耶が満足そうに頷いた。
「良い、今回口を出したのは、初めてのお通いだからよ?次からは真耶佳の好きに遣ってね」
そうなのだ。真耶佳に孕みの卦が有る、けれど今夜では無い。と云う事は、今後も大王は遣って来る。しかも、毎晩に近く。
月葉を振り返ると、少し困った顔をして居た。




