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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
魚の杜篇

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二十八、荷造り

 結局大龍彦(おおつちひこ)は、女御館(おなみたち)に張り巡らさた結界で腑に落ちた様だった。確かに此れは、只人では入れない、と。弟が頻繁に出入りしているのには、目を瞑って呉れるのだろう。

「大龍彦、昨日大蛇(おろと)が燻した兎の残りが有るわ。持って行く?」

 綾も長く泳いで疲れただろうし、と亜耶が差し出す。

「食う」

「綾にもちゃんと分けてね」

「おう」

 神籬(ひもろぎ)では無いが、肉の手土産は大龍彦を上機嫌にさせたらしい。綾ももう戻って居るだろうし、二人で食らうだろう。共寝は、綾の疲れ具合からして断られるかも知れないが。

「おし、(みお)真耶佳(まやか)とは次は見送りの時だな」

 亜耶はまた来い。そう言って、大龍彦は去って行った。勿論、舎人(とねり)の前を横切って。

「じゃあ真耶佳、霊眼(まなこ)を閉じましょうか」

「そうね。こんな重い物を二人が持って居るのが分かって、良かったわ」

「重い?」

「そう、目の奥がね、じんじんと痛いの」

 其れは悪い事をした、と亜耶が慌てて真耶佳の額に触れる。

「ごめんなさいね、真耶佳」

「いいえ、麗しの御使い様を間近で見られて良かったわ」

 亜耶は、大蛇さまよりあの御方が好きね。真耶佳に見透かされて、亜耶は言葉を無くした。

「責めて居るんじゃ無いのよ。そう云う事も有るわ」

 諦めた様な真耶佳の声音に、亜耶は昏く頷くしか無かった。




 真耶佳と澪は、矢張り荷造りを渋っていた。曰く、亜耶が居無ければ杜から持ち出して良い物が分からない、と。

(きぬ)と飾りの類いは全て持って行って構わないわ。鏡も、ちゃんと持って行って頂戴」

「あの、亜耶さま。私、鏡は持って居ません…」

 そう云えば、八反目が持って来たのは帆立の粥だけで、鏡は無かった。巫覡(かんなぎ)で無いとは言え、使えない男だ。

「澪、少し待ってね」

 亜耶は自分の間に入り、いけ好かない(くが)醜男(ぶおとこ)から押し付けられた銅鏡を取り出す。八角形の銅鏡、八は神を最高位に敬う数字に充る。

 知らぬでした事とは云え、偶然は必然。此の銅鏡は、澪に持たせる。そう決めて、亜耶は布連を潜った。

「亜耶さま、此れは…」

「綾が浄めたから、(しも)(こい)なんて残って居無いわ。鏡は(まが)()を弾く。持って行きなさい」

「はい…!」

 其れから月長石の握り石は、手に持ってね。そう言うと、二方向から応の返事が来た。

「亜耶さま、船巫女(ふなみこ)の装束を置いて行っても構いませんか…?」

「ええ。寧ろ、持って行ってどうするの?」

「持って行こうと云うのでは無いんです。ただ、お二人に会えた証に取って置きたいだけで…」

 澪は、こう云う処が可愛い。日々に感謝する事を忘れずに、己の過去とも向き合う。本当は兄の妹なのに妹姫(おとひめ)として扱われるのは、此の謙虚さが原因だろう。

「船巫女の装束は、帰るまで私が預かるわ。私達に取っても、特別な出会いだもの」

 (あけ)が冷める程、待たせないで。其の言葉は、どうにか飲み込んだ。無理を強いる事に為るからだ。

 澪から装束を受け取って、亜耶の間の櫃に納める。さらさらとした西の生地は、触れる手に優しい。こうして見ると、一番荷造りを遅らせて居たのは、亜耶だったのかも知れない。

「亜耶さま、水鏡(みずかがみ)が重いです…っ」

 慌てて布連から飛び出して見たのは、澪が銀器を二つ抱えようとして居る姿だった。

「澪、其れは一つずつよ。杜の分と、大王(おおきみ)の宮の分」

「えっ!?」

 一つで一抱えもある銀器を二つも持ち上げようとして居た澪は、大した物だ。一度床に置かせて、一つを二人で運ぶ形にする。

「澪、どの籠に入れるの?」

「手前の籠です。真耶佳さまの宮に置いた方が、良いのでしょう?」

「そうねえ…どうかしら、真耶佳?」

衝立越しに答えを求めると、真耶佳は是非、と力強く言った。

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