二十七、腕輪
綾が背負って来た袋には、水鏡にする銀器一対と水晶片、其れに何故か黄金の腕輪が三つ入っていた。川で洗えと言うから大人しく洗って居る物の、腕輪に関しては大龍彦も心当たりが無いと云う。
指一本ほどの太さがある腕輪は、綾一人ならば一つで充分だろう。両腕に着ければ厭味になる。
「三つ有るって事は、お前ら三人だろうな」
龍が海を征く様を描いた腕輪は、三つ同じ作り。揃いで持てと言われれば、納得が行く。
「でも、何でこんなに太い腕輪を…」
「あー…あれだろ。八反目の野郎が付けた澪の腕の…」
此処数日で見慣れて忘れて居たが、そう云えば澪の腕に付いた痕は非道い。亜耶は怒りで顔が赤くなるのを感じ乍ら、腕輪を洗った。三人で着ければ、誤魔化しに成る。そう綿津見神も判じたと信じて。
全ての物は浄めてあったので、川にはそう長く居無かった。思ったより大きかった水鏡の銀器は、一つであれば亜耶にも運べただろう。其れでも二つとなれば持ち上がらないので、女御館までの道を大龍彦の手を借りる。
「そう云えば、亜耶」
「何?」
「大蛇が大窓から女御館に入り込んでるみてえだが、あれで舎人の意味は有んのか?」
「…有るわよ、只人は入れないもの」
そうか、と言って大龍彦は、女御館の玄関から舎人に見られる事無く入って行く。意味が有るのかと聞いた、張本人が。
がちゃがちゃと鳴る金属音に、驚いたのか。澪が先程とは違う衣で、布連の間から顔を出した。
「大龍彦様!亜耶さま、一体何事です?」
澪の大声に、未だ澪の着せ替えをして居たらしい真耶佳も顔を出す。そう云えば、夕べ開いた真耶佳の霊眼を、閉じるのを忘れて居た。
「あら、白い御使い様。こうして見ると、本当に大蛇さまと同じ顔ね」
幼い頃から、遠目にしか見た事が無かったから。そう、真耶佳は笑う。
「おい…何で真耶佳に見えてんだ?」
声を低くした大龍彦に昨夕の事を話すと同時に、亜耶は銀器を広げていく。そして、三つの腕輪。よく見ると、一つだけ細工が違う。
「亜耶さま、此れは何ですか?」
澪が、沓を履いて飛び出して来た。
「澪、華やかだな」
「婆が、沢山繕って呉れたのです」
嬉しげな澪に、大龍彦も口元を綻ばす。そして、うちの綾が荷物を増やして来たぞ、と澪を脅した。うちの綾、俺達の亜耶。大龍彦はそうやって、呼び名を使い分ける。
「綾様が?何でしょう…」
澪は気にする素振りも無く、亜耶の手元を覗き込んだ。
「水鏡の元よ。荷物の一番上に入れて、着いたら直ぐに水を張ってね」
「ああ、神殿で亜耶さま達が言って居られた…」
「そう。水晶片を入れて、水は濁る前に変えて。そうすれば、此処と繋がるわ」
「荷造り…しないといけないのよね…」
聞いて居た真耶佳が、ぽつりと言う。澪も真耶佳も、出立が近い事を忘れようとして居たのか。魚の杜は、受け容れた者を去り難くさせる。亜耶もそう、聞いた事が有った。
「そう云えば、綿津見神様直々にお選び下さった腕輪があるのよ」
沈んで仕舞った空気を元に戻そうと、亜耶は努めて明るく言う。黄金の腕輪を示すと、二人とも華やいだ顔に成った。
「大龍彦、一つだけ細工が違うのは、私のって事?」
「そうだろうな、蛇が居るのが亜耶のだ」
「此れ、蛇なの…?」
波かと思った文様を蛇と言われ、亜耶は少し鼻白む。
「幼い頃から大蛇が近衛宜しく護ってるんだ、お前の物だろう」
「え…?」
幼い頃から、とは何なのか。大龍彦に問おうとするも、聞くなと先に言われた。
「まあ良いわ。澪、左手を出して」
澪が其れに従うと、亜耶は遠慮無く衣の袖を捲り上げる。矢張り、八反目の付けた痕が如実に残っている。
「亜耶、さま…?」
怖い顔になって居たのだろう、澪がおずおずと声を掛けた。
「何でも無いわ。見て居てね」
腕輪の切れ目から澪の手首を填めると、腕輪は大きさを変えた。継ぎ目も無くぴったりと腕に吸い付く様になった黄金の腕輪に、澪が驚いて居る。此れで、瑕疵はしっかりと隠された。
「真耶佳も」
同じ様に、真耶佳の左腕にも腕輪を填める。真耶佳には隠すべき痕など無いが、此方も継ぎ目無く填まった。最後に亜耶は自分の腕に蛇の文様を填め、杜では派手では無いかしら、と呟いた。




