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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇 二の章

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九十、朝

 宴を終え、亜耶達は女御館(おなみたち)に戻った。飛沫(しぶき)は気を張っていたのか、火瓶(ひがめ)異世火(ことよび)を見ると直ぐに寝入って仕舞う。八和尊(やかずほ)も眠たげだ。鼠捕り達は相変わらず腹を丸出しにして眠って居る。母の帰りには気付いて居無い様だ。大蛇(おろと)には女湯殿に行くと言ってある為、八和尊を寝座(じんざ)に寝かす事はしない。

「亜耶、行くなら早く済ましちまおうぜ」

「待って、水鏡(みずかがみ)が揺れるから」

「…(みお)か?」

真耶佳(まやか)よ、澪もだけれど」

 刻は、未だ大王(おおきみ)が戻る前。月葉(つくは)の導きだと云う事は、直ぐに知れた。八和尊を大蛇から受け取り、水鏡の前に行くと丁度揺れ始めた所だった。

「亜耶…」

 手を翳すと直ぐに、真耶佳の不安げな呼び掛けが聞こえた。真尋(まひろ)皇子(みこ)(まが)つ言霊の原因を闇見(くらみ)した事は、亜耶は既に知っている。手を翳す直前に、見えたのだ。

「真耶佳、貴女の所為では無いわ」

 咄嗟に口を突いて出た言葉に、水鏡の向こうの真耶佳が驚いている。先回りをし過ぎた、と亜耶は思った。けれど、一度口端に乗せた物は仕方無い。

「亜耶、訊きたい事が分かって居たの?」

「…此方で手を翳した時に、真尋の闇見が見えたのよ」

朝霞(あさか)の暴言が、黒い針の所為だったなんて…」

「真耶佳が望んで受けた物では無いでしょう?皇子が拾ってしまったのは、仕方の無い事なのよ。也耶(やや)だって貴女の閨に行った時、祓って仕舞ったじゃないの」

 然う云えば、と真耶佳は記憶を手繰った様だった。也耶は祓うのに、皇子は拾う。しかも、自分の言葉の牙と変えて。

「矢っ張り、朝霞は…」

「大王の器じゃ無い?今更そんな事を言っても遅いわ、真耶佳」

「でも…」

「大王が妻籠(つまごみ)の掃討をお考えなのでしょう?お任せして構わないわ」

 八和尊が其処で、也耶を呼んだ。待っていた様に、澪が水鏡に映る。勿論、也耶を抱いて。八和尊はまた、水鏡に手を入れた。也耶も同じだ。同時に握り合って、二人はにこにこと笑い合う。毒気を抜かれた真耶佳が、怒らせた肩を下ろした。

(あかとき)(きみ)には今日から、朝霞を湯殿に連れて行って貰おうと思うの」

「真耶佳から訳を聞けば、大王もご快諾下さるわ」

 応える亜耶の声よりも目の前の霊威なのか、真耶佳は也耶の手元を見詰めている。そしてぽつりと言った。八和尊は也耶に易々と触れるのよね、と。

「皇子が触れないのは必然よ。下つ恋など弾くのが勾玉だわ」

「下つ恋…朝霞は、気が多いのね」

「妻籠を持つが故の定めでしょう。未来の大王に、興が乗らないと云う言葉は当て嵌まらないわ」

 真耶佳は少し思案してから、そうねと言った。幼い内くらい、真っ直ぐな恋を為て呉れれば良い物を。そう思っているのが明白だった。

「也耶、じゃあ又ね」

「八和尊…」

「飛沫がもうやめろって言うんだ」

 亜耶が見れば、飛沫は確かに八和尊の綿入れの裾を咥えて引っ張っている。可哀相だが、二人とももう常世(とこよ)に戻る時だ。

「也耶、八和尊の手を離してね。また水鏡を繋ぐから」

「亜耶さま、ぜったい?」

「絶対よ」

 亜耶が笑顔で答えれば、也耶はそろそろと手を引く。八和尊も後ろ髪を引かれ乍ら手を引いて、今朝の異世を越えた逢瀬は終わりと相成った。二人の恋には、もっと酬いて遣らねば。然う思うのだが、互いの霊力(ちから)が強くならない限り進歩は見込めない。澪にそう伝えて、亜耶は時記(ときふさ)からの鍛錬を也耶に受けさせる様に言った。

「真耶佳、大王にはしっかり言訳(ことわけ)して差し上げてね」

「ええ、分かってるわ、亜耶」

 也耶と八和尊の逢瀬だけで無く、今朝の水鏡での会話は此れで終わり。宮の奥に見える時記にも別れの挨拶をして、亜耶は会話を切り上げた。

 そろそろ湯殿に行かねば、女達の苦労が水の泡だ。八和尊を抱き上げ、大蛇を急かして亜耶は慌ただしい朝を過ごした。




 急いで湯殿に行くと、女達はのんびりとした雰囲気だった。皆が口々に大蛇の訪ないを歓迎し、久々に亜耶も大蛇の前で裸になる。

「もう、そんなに育ってるのか…!」

「未だ未だよ、腹は蹴るけれどもっと大きくなるわ」

 然う云った亜耶の腹が、ぼこりと動いた。父に自分を見て欲しいのだ、と亜耶は笑う。大蛇は八和尊を落としそうになり乍ら、亜耶の腹に手を当てた。丁度其の位置を、腹の子はどん、と蹴る。

「おお…!」

「父様、嬉しい?武尊(ほたか)は父様が好きだって」

 不意に八和尊が言う。少しいじけた様な物言いなのは、大好きな父の意識が腹の子に向いているからだろう。

「嬉しいさ、でも八和尊もちゃんと大事だぜ」

 直ぐに亜耶の腹から手を離した大蛇が、八和尊の頭をぐしゃぐしゃと搔く。八和尊は、安堵してきゃっきゃと笑った。

「亜耶さま、大蛇さま、冷える前に大湯に」

 婆に言われ、二人は湯に浸かる。八和尊はもう大湯に怯えない。飛沫も連れて来れば良かった、と亜耶は零した。八和尊は暖まると其の侭眠って仕舞い、父母は慌てて大湯を出る事になる。女御館に戻ると、四方拝を終えた綾と大龍彦(おおつちひこ)が居た。

「綾、大龍彦、今年も任せて仕舞って御免なさい」

「良いよ、八和尊と武尊が元気なのが一番だもんね」

「兄者、悪いな」

「悪くは無い。此の侭元始祭だから、序でに八和尊の顔を見に来ただけだ」

 眠って居るんだな、と言って大龍彦は八和尊に手を伸ばすのをやめた。夜を徹しての宴の後、八和尊が触られた位で起きるとは思えない。亜耶が然う言うと、大龍彦はそっと八和尊の額に触れた。

「何の夢?」

「也耶との未来(さき)だ」

「八和尊は良い夢を貰ったのね」

 亜耶が微笑んで、八和尊を寝座の中心に寝かす。温石を入れて行ったので、寒い事は無い筈だ。途端に飛沫が起きてきて寝座に飛び乗り、夜具の上から八和尊に寄り添った。護る者を弁えるのが神獣。飛沫の動きは当然と云えよう。亜耶は飛沫も良い子と撫で、ごろごろと喉を鳴らされる。

「じゃ、僕達もう行くから」

八津代(やつしろ)が起きたら、今日は来るんじゃねえか?」

 綾と大龍彦は、そう言い置いて去って行った。大龍彦が、変わらず眠る鼠捕り達を踏みそうになって慌てていた。

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