二十六、衣
二籠分の衣は、流石に迫力が有った。衣に合わせて、裳や領巾も籠には詰まっている。此の色取り取りを、婆は二晩掛けて必死に繕ったのだ。
「婆が此れらを繕ったのも、その間の休みを女達が許したのも、澪の為よ」
勿論、織り部が差し出さなければ生地は無い。他の族との物々交換で得た生地も多そうだが、魚の杜の生地も有る。そんな全ての生地の管理は、織り部の仕事だ。婆一人で出来た事では無い。
真耶佳と二人で澪の間に入り込んだ亜耶がそう言うと、澪は今にも泣き出しそうな有様だ。族からの愛情に、心打たれたのだろう。
「私、こんなに温かくして頂いて良いのか…」
「良いのよ、愛されて居る証だもの。さ、泣いて居無いで合わせて見ましょう。婆の目測は確かだから、間違いは無いと思うけれど」
衣や裳は、既に真耶佳が広げている。その中から、澪の着たい物を問うと、紅い裳を指さした。では其れに合う衣は、と真耶佳と相談し、取り出したのは薄い赤紫。淡紅の領巾を着ければ、出来上がりだ。
「婆に、見せに行っても良いですか?」
着替えを終えた澪は、開口一番そう言った。好い考えだ、と亜耶と真耶佳も賛同する。湯に浸かるで無く湯殿に行くと、小言ばかりの婆が珍しく、酷く嬉しそうに笑った。
湯殿を出た後、亜耶は一人で神殿に来て居た。綾に会う為だ。行ってみると綾は綿津見宮に行っていると言われ、大龍彦が留守を護って居た。
「何か、心配事でも有るのか?」
頷いて、亜耶は澪の婚いに関する闇見を述べる。先の有る妹背に見えない、と。
「綿津見のおっさんが選んだ巫女姫と、八津代の息子の先が見えねえ…か」
「澪にも見えて居無いのよ」
「其れは…」
大龍彦が何かを言い掛けた所で、波打ち際から大きな音がした。何か、金属がぶつかる様な。
「綾だな」
言い掛けた事に興味を無くした様子で、大龍彦が言う。さっさと沓を履いて、迎えに行くのだろう、音のした方に目を向けて居る。
亜耶もつられて、浜辺に足を向けた。其処には、何故か大荷物を背負った半人半魚の綾が寝転んで居る。
「疲れた…」
そう言う綾は、大荷物を大龍彦に渡すと仰向けになった。また、長衣しか着て居無い。衣の裾を直して遣り乍ら、亜耶は綾の尾鰭をぺしっと打った。
「何するのさ、折角水鏡を取りに行ってきたのに」
「え、態々綿津見宮まで?」
「そうだよ。神殿に有る筈無いじゃない」
其れはごめん、と亜耶が言う。水鏡一対は思った以上に重かったらしく、潮流に体を取られたそうだ。
「大龍彦、海水で濡らしちゃったから川で洗って、女御館まで届けて」
「何で俺が…」
「亜耶に持てる重さじゃないし、僕は暫く動けない」
仕方無えなあ、と大龍彦が頭を掻く。
「亜耶、行くぞ」
「綾はこの侭で良いの?」
「足が戻れば自分で歩くだろ、さっさと済ませるぞ」
言うが早いか歩き出した大龍彦に、綾への礼も侭成らず亜耶は従った。




