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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
魚の杜篇

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26/269

二十六、衣

 二籠分の(きぬ)は、流石に迫力が有った。衣に合わせて、()領巾(ひれ)も籠には詰まっている。此の色取り取りを、婆は二晩掛けて必死に繕ったのだ。

「婆が此れらを繕ったのも、その間の休みを女達が許したのも、(みお)の為よ」

 勿論、()()が差し出さなければ生地は無い。他の(うから)との物々交換で得た生地も多そうだが、(いお)(もり)の生地も有る。そんな全ての生地の管理は、織り部の仕事だ。婆一人で出来た事では無い。

 真耶佳(まやか)と二人で澪の間に入り込んだ亜耶がそう言うと、澪は今にも泣き出しそうな有様だ。族からの愛情に、心打たれたのだろう。

「私、こんなに温かくして頂いて良いのか…」

「良いのよ、愛されて居る証だもの。さ、泣いて居無いで合わせて見ましょう。婆の目測(めばかり)は確かだから、間違いは無いと思うけれど」

 衣や裳は、既に真耶佳が広げている。その中から、澪の着たい物を問うと、(あか)い裳を指さした。では其れに合う衣は、と真耶佳と相談し、取り出したのは薄い赤紫。淡紅(あわべに)の領巾を着ければ、出来上がりだ。

「婆に、見せに行っても良いですか?」

 着替えを終えた澪は、開口一番そう言った。好い考えだ、と亜耶と真耶佳も賛同する。湯に浸かるで無く湯殿に行くと、小言ばかりの婆が珍しく、酷く嬉しそうに笑った。




 湯殿を出た後、亜耶は一人で神殿に来て居た。綾に会う為だ。行ってみると綾は綿津見宮(わたつみのみや)に行っていると言われ、大龍彦(おおつちひこ)が留守を護って居た。

「何か、心配事でも有るのか?」

 頷いて、亜耶は澪の(よば)いに関する闇見(くらみ)を述べる。先の有る妹背に見えない、と。

綿津見(わたつみ)のおっさんが選んだ巫女姫と、八津代(やつしろ)の息子の先が見えねえ…か」

「澪にも見えて居無いのよ」

「其れは…」

 大龍彦が何かを言い掛けた所で、波打ち際から大きな音がした。何か、金属がぶつかる様な。

「綾だな」

 言い掛けた事に興味を無くした様子で、大龍彦が言う。さっさと(くつ)を履いて、迎えに行くのだろう、音のした方に目を向けて居る。

 亜耶もつられて、浜辺に足を向けた。其処には、何故か大荷物を背負った半人半魚の綾が寝転んで居る。

「疲れた…」

 そう言う綾は、大荷物を大龍彦に渡すと仰向けになった。また、長衣(ながぎぬ)しか着て居無い。衣の裾を直して遣り乍ら、亜耶は綾の尾鰭をぺしっと打った。

「何するのさ、折角水鏡(みずかがみ)を取りに行ってきたのに」

「え、態々綿津見宮まで?」

「そうだよ。神殿(かむどの)に有る筈無いじゃない」

 其れはごめん、と亜耶が言う。水鏡一対は思った以上に重かったらしく、潮流に体を取られたそうだ。

「大龍彦、海水で濡らしちゃったから川で洗って、女御館(おなみたち)まで届けて」

「何で俺が…」

「亜耶に持てる重さじゃないし、僕は暫く動けない」

 仕方無えなあ、と大龍彦が頭を掻く。

「亜耶、行くぞ」

「綾はこの侭で良いの?」

「足が戻れば自分で歩くだろ、さっさと済ませるぞ」

 言うが早いか歩き出した大龍彦に、綾への礼も侭成らず亜耶は従った。

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