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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
魚の杜篇

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二十四、燻した肉

 湯殿(ゆどの)から戻ると、粥の器が用意されていた。そして、亜耶の間の布連越しに、先程の(こう)ばしい匂い。

 大蛇(おろと)がもう、来て居るのだ。亜耶は自分の間の布連を開けて、大蛇に問う。

真耶佳(まやか)にも見える様にして良い?今日は此処で食べたいの」

「おう、最後だしな。良いぞ」

 (みお)には聞こえたで有ろう遣り取り。真耶佳は不思議そうな顔をして居る。祖に額に軽く指を充て、亜耶は真耶佳の霊眼(まなこ)を開いた。

「今夜は私の間で食べよう」

「あら、やっとお相手を紹介して呉れるの?」

 其れには応えず、亜耶はさっさと自分の間に上がる。続いて上がって来た澪が、大蛇を見て声を上げた。

大龍彦(おおつちひこ)様…では無いですよね?」

「ああ、大蛇だ。大龍彦の弟、と言えば聞こえが良いか?」

 兄者を知って居るんだな、と大蛇は笑いを漏らす。真耶佳には意味の分からない話だろうが、澪には其れで通じた様だ。

「大蛇様、亜耶がいつも良くして頂いて…」

 真耶佳がおっとりと言う物だから、大蛇も立ち回りを乱されて仕舞う。亜耶が止めなければ、真耶佳は何を言い出したか分からない。

 そんな空気とは別に、ずっとうずうずとして居たのが澪だ。燻した肉の匂いと、二晩に渡る断食。ずっと感じて居た空腹に、唐突に澪が声を上げる。

「あの、大蛇さま、この美味しそうな匂いは何ですか!?」

 前置き無しの不意打ちに、大蛇が笑い出す。笑って居る間は、当然肉は貰えない。澪が密かに涎を拭くのを、亜耶は見ない振りした。




 一頻り笑った大蛇は、神山(かむやま)で獲れた兎だ、と言って三人の前に二羽の兎を置いた。確かに丸々と肥った兎で、醸す匂いは非道く美味しそうだ。

「ほれ、食え」

 澪は早くも、解して貰った兎肉を粥の碗に入れて貰って居る。一口食べると、幸せそうな顔をした。

「美味しい…!」

 大蛇は真耶佳にも勧めるが、真耶佳は神山の生き物を(ほふ)って良いのか戸惑って居る様だ。

「真耶佳、大丈夫よ。今日だけは綿津見神(わたつみのかみ)様のお許しを頂いているから」

「ああ、あの爺も、唯一俺が役立つ日だって言ってたらしいぜ」

 其れを聞いて真耶佳は、やっと粥の碗を差し出した。

「美味しいわ…」

 真耶佳が顔を綻ばせるのを眺めて居ると、亜耶の碗にも兎肉が乗った。

「お前は直ぐ食わなくなるから、って言ってんだろ」

 澪を見習え、と大蛇は言う。澪の碗には、再びたっぷりと兎肉が乗せられていた。滋養に良いからと骨に付いた部分まで与える様は、まるで面倒見の良い母親だ。

 家族の様な光景に、亜耶が心暖かくして居た頃。時間はゆっくりと動きを取り戻していた。

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