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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
魚の杜篇

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二十一、月長石

 真耶佳(まやか)神殿(かむどの)に拝する事を、厳しく母から禁じられて居た。だから、神殿その物に馴染みが無い。

「私、(いお)(もり)の者なのに、こんなに長く神殿に来て居無かったのね…」

 神殿からは、何事かと綾が出て来て階を下りている。

「御使い様、今川で同じ石を三つ見付けたのです。三人で持っても構わないでしょうか…?」

 作法などは、教わっていない。真耶佳は見えない相手に、どうにか自身の口で状況を伝えようとする。

 其の姿勢は、綾の気に入ったらしい。神殿を見上げる真耶佳の額を、綾がとん、と指で押す。

「真耶佳は母に似ずに、好い娘に育ったね。旅の安全を、証してあげる」

「ねえ亜耶、今…額に…」

「綾が言祝(ことほ)ぎの代わりを呉れたのよ」

そして、真耶佳が大事に捧げ持った月長石を、綾が掌ごと包んだ。青や虹の色を撒き散らし乍ら、真耶佳の手の内で光る玉石(たまいし)。浄めの儀を見た事の無かった澪も、美しさに溜息を漏らして居る。

見入って居た真耶佳だが、光は次第に弱まっていく。完全に静かな玉石に成った所で、亜耶が浄めが終わったわ、と言った。

「此の丸いのが(みお)で、少し角張ってるのが亜耶。一番虹が強いのが真耶佳のだね」

 綾が、真耶佳の了承も得ずに玉石を配るものだから、真耶佳は呆然と立ち尽くして居る。玉石が飛んだ様に見えたのだろう。

「其の、一番虹が強いのが真耶佳のだそうよ」

「そう…私は只人(ただびと)だものね。護りの力が強いのでしょう?」

「ええ」

 きれい…と虹を日に透かす真耶佳を見て、亜耶は尋ねた。

「思い出した?お母様が果敢無(はかな)くなった後、川遊びをしたの」

「ええ…でも、もっと前の事も…」

 もっと前、では亜耶と真耶佳の接点は、母に因ってほぼ無い。母と真耶佳が何処かに行くにしても、女御館(おなみたち)に置いてきぼりだったのだから。

 不思議そうな亜耶の顔を見て、真耶佳がふ、と笑う。

「私が物心付いたばかりの頃かしら。独りで川で遊んでいる亜耶を見付けたの」

 危ない、と駆け出そうとした真耶佳だったが、その前に綾と大龍彦(おおつちひこ)が現れて亜耶を抱き上げたのだと云う。

「私嬉しくて、はしゃいで仕舞って」

 母には怒られたわ、と真耶佳が笑った。

「神殿の御使い様、どうか独りで魚の杜に残る亜耶を…宜しくお願いします」

 その言葉に、綾がふわ、と真耶佳の髪を撫でる。其れはとてもうつくしい光景だった。




 女御館に戻れば、忌屋籠(いみやご)もりの準備だ。お腹が空いた、と言う澪に忌屋に行く時に食事は出来ないと告げると、この世の終わりの様な顔をした。

「不浄を重ねる事を避ける為よ、仕方無いわ」

 真耶佳が言って聞かせるけれども、澪は落ち込んだ侭だ。朝餉に続いて昼餉も無いとは、と云った面持ちで。

 魚の杜では、月の忌みは先触れが有る。巫女から知らされるか、自分で気付くか。其れは人に依り様々だが、其の日の前に女達は知って居るのだ。

 澪に忌屋での衣となる貫頭衣(かんとうい)を渡し、その上から帰りの(きぬ)()を着ける様促す。渋々澪は従って、きちんと着替えて来た。

「じゃあ、行きましょうか」

 忌屋に向かう者に声を掛ける事は、禁じられて居る。だから返事をしては駄目。其れだけ澪に伝えて、三人は忌屋への道を急いだ。

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