十九、閨の睦言
薄い衝立で三つに仕切られた女御館は、誰かが音を出せば直ぐに皆に知れる。真耶佳と二人だった時から、亜耶は大蛇が訪れる夜には一間だけ地固めをして音を防いでいた。
しかし今宵は宴の後。その上三人で粥まで食べて仕舞った為、大蛇の訪ないの方が早かった。
「おい、遅えぞ」
布連を潜ると、既に大蛇が沓を脱いで寛いで居た。亜耶は慌てて足を一度踏み鳴らす。
「地固めか。まあ、此の環境じゃあな」
いつもは大蛇が来る前に終わっている事なので、見せるのは初めてだ。感心した様に此の間の四方を見渡す大蛇が、亜耶の目には新鮮に映る。
「だったら何で、お前いつも声抑えてんだ?」
ふと気が付いた様な疑問。まさか事に溺れて術が途切れたら困るから、等とは言えない。
大蛇の問いは無視した侭で、向かいに座って額に触れる。
「弾かれない…」
「は?」
今までだってそうだっただろう。そう言う大蛇に、大龍彦に触れられなく成った事を伝えた。
「兄者が…何でだ?」
「分からない。私の髪を結おうとして、弾かれたの」
亜耶はまじまじと自分の手に乗せた勾玉を見る。大蛇も覗き込んで来て、菫青石に触れた。
「何とも無えな…」
うん、と頷いて亜耶は、安堵している自分に気付いた。大蛇まで此処から居無くなったら。そんな不安が心の何処かに有ったのかも知れない。
「まあ、綿津見の爺の考える事は俺達には計れ無えよ」
そう言って手を伸ばしてくる大蛇を、亜耶は拒まなかった。
今宵は大蛇が襲を着て来なかったので、二人で亜耶の普段使う夜具に収まる。共寝の後の眠気の中で、大蛇がそう云えば、と口を開いた。
「淡藍の上衣、似合ってたぜ。領巾まで着けて、族の男共の視線を一番に集めてた」
美しく育ち過ぎるのも困りもんだな、と大蛇が欠伸をする。序でに腕の中に亜耶を抱き込むものだから、肌ごと大蛇に護られている様な気分になった。
「…大蛇だけで良い」
「ん?」
「私と寝るのは大蛇だけで、良い」
そうか、と大蛇が満足げに笑い、亜耶に口づける。俺も、と大蛇が何かを言おうとしたが、何でも無いと飲み込まれた。
「明日から忌屋か?」
「うん。戻るのは三日後の夕刻、かな…」
「分かった、楽しみにしとけ」
昏闇の中、抱き竦められて眠るのは心地良い。亜耶は大蛇の腕の中、深い眠りに就いた。
夢の深くで、声が聞こえる。大龍彦に良く似た声。
──俺は綾が愛しい。お前は兄者に惚れてる。丁度良い取り合わせだと思わねえか?
其れは、初めて大蛇が亜耶を求めた時の言葉。大蛇の事は信じて居たし、八反目から護って呉れるとも言った。
──丁度良いね。
幼い亜耶はそう応えて、大蛇に抱き締められた。不思議と、心が暖かくなった。