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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
魚の杜篇
18/263

十八、帆立の粥

 宴が終われば、本来(みお)八反目(やため)御館(みたち)に行くべき所。しかし輿入れまでに澪に孕まれては困る為、巫王(ふおう)は其れを許さなかった。最初から分かって居た事、だが八反目は不服そうだ。

 澪も宴が終われば女御館(おなみたち)に戻る積もりで居たので、八反目の態度が意外であった様だ。

ただ八反目も、巫王の前でごねても仕方無い。名残惜しげに八反目が澪の手を取って、小指に赤い糸を結んだ。

「此れは…?」

「私の(いも)である印だ。出立まで、外さぬ様に」

 澪が素直に頷いたのが幸いか、八反目は其れで引き下がった。

「じゃあ、湯殿に行きましょう」

 八反目が去ったのを見計らって、亜耶が言い出す。上から見て居て気付いたのだが、湯殿の女達は入れ替わり立ち替わり火の番をしていた様だ。

 此の時期に髪に油を付けて眠るのは、気持ちが悪い。折角湯が沸いているなら、と二人を誘うと、二人共異論無しだった。




 湯を使ったからと言って、朱は落ちるが紅は落ちない。植物の汁から作られた其れは、幾日か残って仕舞う物だ。髪を解しても、化粧の跡は隠せない。

「そうなのですか、道理で崩れない筈です…」

「落ち着かない?」

 そんな事は無い、と澪が微笑む。今宵の宴で、少しは肝が据わったか。

 衆目に晒される事は、慣れるしか無い。亜耶や真耶佳は生まれた時からの事なれど、唐突にあの場に据えられて耐えろと云うのは荒療治だ。澪は(こな)して見せたが、並の娘ならば逃げ出しかねない。

 矢張り神夢は、正しい娘を選んだのだ。あの港で、途方に暮れて泣いて居た船巫女(ふなみこ)の面影は、もうほんの少ししか見当たらない。

 出立まではそう日が無い。慣れるが早いのは良い事だ。澪は、もう立派に(いお)(もり)に護られるべき者なのだから。

 もう直ぐ、女御館には亜耶独りになる。誰も口には出さないが、皆がそう思って居るだろう。一抹の淋しさを打ち消して、亜耶は悪戯に湯を弾いた。




 湯殿から戻ると、舎人(とねり)と何者かが揉めている。何事かと足を止める三人に気付いたのは、闖入者(ちんにゅうしゃ)の方だった。

「亜耶、真耶佳(まやか)、此の舎人は何とかならないのか!?」

 松明の下から聞こえて来たのは、先程追い払った八反目の声。

「一の兄様こそ、何をしてお出でですか?此処は女御館。貴男が入れる筈が無いでしょう」

「みっ澪に、此れを…!宴の席で、冷めた物しか口にして居無かったから…」

 声の主を追い払いに前に出た亜耶に、八反目は粥の器を示す。一人分には大きい、きっと三人分の粥が入った器だろう。

「帆立の粥だ、冷めないうちに…」

 (いさか)う声を聞き付けた澪が前に出て、洗い髪の侭八反目の手から器を受け取った。

「温かいですね、嬉しいです。三人で頂きますね」

 淡紅の残った唇で笑われれば、八反目も黙るしか無い。澪は其の侭女御館に入って行き、八反目は拍子抜けした様だ。

「兄様、此の様な事は次から、使いの者にお任せになられませ」

「あら、初妻(はつつま)に格好を付けたかったのよね、兄様」

 真耶佳が最後に毒の無い声で八反目を(ひし)いで、今宵の騒動は収まりを見せた。

 蓋を開けた粥が思いの外温かく、亜耶と真耶佳も歓声を上げた事、澪が美味しいと顔を綻ばせた事。八反目の独り善がりで終わらなかった事だけは、付け加えて置こう。

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