表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
魚の杜篇
15/263

十五、妻求ぎ

 私の憂い事はお前だ、と巫王(ふおう)は口を開くなり言った。(みお)を傷付けやしないか、泣かせやしないか、と。

「そ…その様な事は、私は憂いて居りません、巫王さま…!」

「澪……」

 健気な澪の言葉に、八反目(やため)が息を飲む。手首に付いた痕を見て仕舞えば、二の句が継げないのだろう。

「兄様、何を呆けて立ち尽くして居られるのです」

 速く澪の隣へ行け、と亜耶が促す。言葉尻がきつくなって仕舞うのは、もう直しようも無い。

「八反目、そちらに座す事を赦す」

 巫王が痺れを切らして、亜耶の逆側を指さした。弾かれた様に動き出した八反目が、隣に座して顧みた澪の美貌に息を飲む。

「妹背に成る事で、異論無いな」

「も、勿論です…!」

 互いに顔を赤らめた二人が、初々しい。八反目で無ければ、亜耶も手放しで喜んだだろう。けれど、何か一抹の不安が残る。

 今宵の宴では、澪を時記(ときふさ)にも目通しして置いた方が良い。何故か、そう思った。

「ところで澪」

「はい、巫王さま」

 亜耶の物思い癖を知る巫王が、不意に口を開いた。

「正式に妹背と認めたのだから、お義父(とう)さまと呼んでは呉れないだろうか?」

「え、えっ、は、はいお、お義父さま…!」

 此れには亜耶も力が抜けて、腹を抱えて笑って仕舞った。今宵の急な宴の話が(うから)に走ったのは、此の直後の事である。




 昼過ぎに、(くが)から使いが来た、と亜耶は呼び出された。陸の(おびと)は亜耶に()い感情を抱いて居無いし、何の用だ。折角、澪と真耶佳と三人で、女御館(おなみたち)で涼んで居たと云うのに。

 不機嫌に為りつつも足早に宿り木の結界を越えると、其処には巫王も居た。

「お父様…?」

「亜耶、お前は一体何をしたのだ…?」

「はい?」

 周囲を見渡すと、あのいけ好かない陸の長と、従者(ずさ)が数人片膝を付いて巫王に平伏して居る。巫王の横には供物に使われる櫃、手には八角形の小さな銅鏡が在った。

妻求(つまま)ぎだそうだ、亜耶。此れを、どうしてもお前にと」

 言って、巫王は銅鏡を亜耶に差し出した。

「妻求ぎ…?一体誰が…」

心当たりも無く、戸惑う亜耶に俺だ、と声を上げたのは、徐に立ち上がった陸の長だった。

「無駄よ、貴男は私に触れられない。港で弾かれたのを忘れたの?」

「…其れでも、言挙げはして置きたかった」

「愚かね」

 言い捨てて背を向けようとする亜耶に、長は待て、と声を上げた。

「手を出せ…掌を、上に」

「………?」

 不愉快を前面に押し出し乍ら、亜耶が言われた通りにする。すると、手の上に黄金の鎖に繋がれた何かを落とされた。

姉姫(えひめ)の輿入れの見送りに着けろ。陸は(いお)(もり)に従う、其の証だ」

 落とされた鎖を取り上げると、天青石の付いた額飾りだった。天青石は雫型に成形されて黄金(こがね)の台座に据え付けられて居り、一つ一つの罅の濃淡が美しい、が。

 此の男は自分だけで無く、女も飾りたいのかと惘れて仕舞う。

「亜耶、長どのの言われた通りに」

 気に入らない訳では無いが、贈り主が気に食わない。巫王が言わなければ、受け取らなかったかも知れない。

「其れでは長どの、娘への妻求ぎには魚の杜は応じないと云う事で宜しいですかな?」

「はい、巫王どの。供物(くもつ)は、今宵の宴の足しに」

「お心遣い、痛み入る」

 亜耶の苛立ちを余所に、長同士の話は纏まった。拒まれるのが必然の妻求ぎ、其の意味が亜耶には分からない。

 今回は平穏に陸の者達は帰って行ったけれど、巫王の名の有ってこそだろう。巫王が居無ければ、陸の長は亜耶の手を掴もうとしたかも知れない。

 次の長として、もっと霊力(ちから)を。亜耶はそう、思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ