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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
魚の杜篇
13/263

十三、化粧場

 女御館(おなみたち)に着くと、入口に湯殿の婆の義娘(むすめ)が待って居た。婆が一晩中、亜耶の衣を繕って居たと云うのだ。

 婆は針が速い。薄麻(うすあさ)上衣(かみぎぬ)も幾枚も繕われ、義娘の持つ籠には今夏の為の衣がぎっしりと入っていた。

「婆には休みをあげて、今宵は湯殿には来なくて良いって」

「そんな事を仰有れば亜耶さま、義母(はは)の針が止まらなくなります」

 やんわりと休みを拒まれ、亜耶は籠を受け取るしか無い。兎に角元気な婆なのだ、一晩くらい寝なくても何とかなる、は口癖だった。

「有り難う、と婆に伝えて」

 其れだけ伝え、亜耶と澪は女御館に入る。此処で着替えて化粧場(けわいば)へ行くのだ。

「あら、髪はもう結って来たのね、遅いと思った」

 中では漸く起き出したらしい真耶佳(まやか)が、おっとりとした声と共に廊下へ降りて来る。朝早くから巫女姫は大変ね、と欠伸をする真耶佳は、この先の道程が同じだと自覚して居るのか居無いのか。

(みお)の衣ならもう見立てて有るのよ」

 そう言って、再び自分の間に滑り込んで行った。付いて来い、と受け取った亜耶と澪は、(くつ)を脱いで真耶佳の間に上がる。

 其処には、(くが)から届いたばかりの色取り取りの衣が溢れていた。真耶佳はその中から、亜耶が采女の様だと排した若草色の裳を取り上げた。

「澪の為に混ざっていたのね、新妻に良いでしょう?深衣(ふかぎぬ)に合わせて、領巾(ひれ)も着けるのよ」

 深衣は夜闇に紛れない様に、明るい色にしましょう。真耶佳が独り決めして、衣を片っ端から漁る。亜耶は色衣(いろぎぬ)に慣れて居無いので、此処は真耶佳の独壇場だ。

「ああ、此れが良いわ」

 真耶佳が取り出した深衣は、金糸の織り込まれた生成りの物だった。呆気に取られる澪の禊衣(みそぎぬ)を剥ぎ取って、早々に着替えさせ始める。領巾は黄色のものを巻かせて、後は化粧さえすれば立派な今宵の主役の出来上がりだった。




 亜耶も速く着替えて、と真耶佳に言われ、自室で籠の中身を取り出す。布連の向こうでは、既に澪が沓を履いて待って居る様だ。

 取り出した衣は涼しい素材で上品に繕われ、宴にも充分着て行ける。受け取った時には真

白だと思った上衣は、淡い藍で染められていた。

 身に着けてみれば、衣と裳の境目も、胸紐も透ける。同じ生地で領巾も有ったので、有り難く着けさせて貰った。

「あら、綺麗よ亜耶」

 布連を分けると既に真耶佳も沓を履いていて、和やかに妹姫(おとひめ)を褒める。久方振りの色衣に戸惑って居た亜耶には、力強い後押しだ。

「お待たせ。じゃあ行きましょうか」

 気恥ずかしくて、礼は言わない。待たせた事のみ詫びて、三人で化粧場へ向かう。真耶佳と澪は亜耶の照れを感じたのか、忍び笑いを漏らして居た。




 化粧場は、湯殿(ゆどの)の更に奥に在る。女御館(おなみたち)を入口にするのは、男が間違っても入らない為だ。

 此処で杜の巫覡(かんなぎ)の血筋の女達は、代々化けて来た。亜耶は真耶佳の付き添いで訪れた事が有るくらいだが、今日は化ける側だ。

 澪は薄い紅を、亜耶は深い紅を見立てられ、唇に刷かれて行く。真耶佳は慣れた物らしく、先ずは髪結いからだ。

「私は髪を結う分時間が掛かるのだから、先にお父様の処に行ってね」

 そう言って、化粧場の女達に身を委ねて居る。

 眉を整えて紅を刷き、眦に朱を乗せるのは亜耶と澪の二人。巫女では無い真耶佳は、眦には何もしない。瞼に墨を乗せる程度だ。

 先に髪を結った二人の化粧は剰りに呆気無く終わり、鏡を見ても手持ち無沙汰。ふと顔を見合わせると、澪は(いとけな)くも大層な(うつく)(ひめ)だった。

「兄様が妹背(いもせ)の言挙げを承知したのは、此れを見抜いて居たからなのかしら…」

 思わず呟いた亜耶の言葉に、澪は首を傾げる。其の二人の背に飛んで来たのは、何処かしら似ている、と云う女達の囁きだった。

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