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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
魚の杜篇
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十二、髪結い

 綾の結って呉れた髪は、面輪(おもわ)を緩めて後ろで固い蝶髷(ちょうまげ)を作る物だった。幼髪(おさながみ)ばかり結って来た亜耶には、きついのだか緩いのだか解りかねる。

(みお)はずっと髪を結い上げてたんだね。項だけ日焼けしてる」

 澪も蝶髷にはほど遠い生活して居た様だし、綾の髪結いが巧いのか下手なのかも判らない。しかし亜耶の見る限り、油を塗った澪の髪は美しくうねって、黒く輝いて居る。

 亜耶の真っ直ぐな髪は海風で先がぱさついて居たが、其れも油で誤魔化されていた。

 けれど、亜耶は幼い頃から綾の(あお)い、少し縮れた髪に憧れていた。大龍彦(おおつちひこ)の好きな髪。大龍が手櫛(てぐし)で解いて遣る髪が、羨ましかった。

「ねえ、亜耶。この子、未だ巫女だよ。見る目も聞く耳も残ってる。少し未来なら見える様にして上げるよ」

「あら、出来る?其れなら、杜と澪の居所を水鏡(みずかがみ)で繋げるかしら」

「繋げるね。出立の前に、用意して置いてあげる」

 ぐい、と澪の髪を後頭部で纏め乍ら、綾は何でも無い事の様に言う。水鏡には一対の銀の器と、水晶片が必要なのに。

「僕に任せて。亜耶が初めて可愛い妹姫(おとひめ)を得たんだ。して上げられる事はして上げたい」

「ありがと…」

「さ、澪、結い終わったよ」

 黒々とした澪の髪に結われた蝶髷に、六本の簪は美しく光を散らす。綾から預かっていた銅鏡を澪に渡すと、大きな目を更に大きくして見入って居た。

「あと澪には…」

 神殿(かむどの)の中に一度引っ込んだ綾が持って来たのは、亜耶と真耶佳が付ける物と同じ装飾の耳飾り。柘榴石が好きなんでしょ?と聞かれて、澪は驚いた様子で頷いて居る。

「澪、耳を凍てつかせられるわよ」

 亜耶が言うと、澪が弾かれた様に不安げな顔を上げた。元来耳飾りは、位の高い者が幼いうちに開けて仕舞う物だ。十を超えて開けるには、物心が付いて久しい分不安が伴う。

「亜耶、脅かさないの。傷が塞がるまで、凍てつかせるだけだから。夕べ開けた亜耶も、痛がって無いでしょ?」

「は、はい…。でも此の様な立派な物、下賜して頂いて良いのか…」

「澪の為の物だよ、下賜じゃない。祝いだよ。其れに、今宵の主役は着飾らなきゃね」

 耳朶を凍てつかせて耳飾りを付ける。其れは、亜耶が夕べ綾にして貰った事。何の心配も無いと言訳して、未だ少々怯えた澪が握り締められる様に両手を掴んだ。

 澪が両目をぎゅっと閉じている間に、綾は柘榴石の耳飾りを手際良く耳朶に沈ませて行く。

「澪、もう終わったよ」

 亜耶の手が白く成る程握り締めた澪が、漸く目を開ける。

「鏡を見る?」

「亜耶、待って。その前に大龍彦からも」

 見ると、疾うに火の始末を終えた大龍彦が、神殿の中に戻って居る。其の手には、柘榴石の連玉(つらたま)に、赤瑪瑙の勾玉が付いた首飾りが有った。

「俺達の亜耶の、初めての妹姫だからな。恥は掻かせねえ」

 守りの力は亜耶の物より弱いが、と大龍彦は続けるが、亜耶にも澪にも分かって居た。只人如きは、此れで弾ける、と。




 総ての装飾品を付けて鏡を見た澪は、初めて着飾った少女が見せる幼い顔をした。船巫女(ふなみこ)として海に出ていたのに色白で、更に日焼けをして居ない髪に柘榴石は好く似合う。

「ねえ、大龍彦、澪って昔の亜耶に少し似てない?」

 不意に、綾が大龍彦に視線を移して問うた。

「ああ、母親に怯えて自分は醜いと思い込んでた頃の亜耶に、似てるな」

「亜耶さまが、醜い…?」

 そんな馬鹿な、と言いたげな澪の視線に晒された亜耶は、だってそう言われて育ったのだもの、と返す。

「実際真耶佳の方が美しいし、母は私に(うつく)(ごと)なんか呉れなかったわ」

 大真面目に答える亜耶に、驚きを隠せない澪が言い募る。真耶佳は確かに美しい、けれど亜耶の美しさは神気に満ちたものだ、と。

「そうそう、あの女が亜耶を孕んだ時にぶくぶく太って、其れを理由に巫王の目に留まらなく成ったって勘違いしただけだもの」

「杜の巫女姫が生まれ持つ勾玉の話も聞いては居たのに、順応出来なくてな」

(くが)で美しいって褒めそやされて嫁して来たのに此処では並だったから、悔しさも有ったんじゃ無い?」

 どうも亜耶の母の事に為ると口が滑らかな神の御使いは、十五年が経った今でも腹に据えかねて居るらしい。真耶佳には善い母だったのよ、と澪に耳打ちし乍ら、亜耶は苦笑いした。

「兎に角、澪は可愛いよ、護りたくなる」

 そう結論付けた綾が、時間を取った事を詫びて二人を女御館(おなみたち)に帰る様促した。

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