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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
魚の杜篇
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十、禊

 眠れぬ夜を越えたと思ったが、いつの間にか睡魔は訪れていたらしい。朝の光で目覚めた亜耶は、先ず明かり取りの大窓に使い古された帆布を掛けた。夜、大蛇(おろと)を呼ぶ為だ。

 大龍彦(おおつちひこ)に触れられなかった事は未だ哀しく、心を刺す。大蛇は、どうなのか。其れが気になって、昨夜は寝入れ無かった。

 耳に残った(みお)の嗚咽も、亜耶を眠れなくさせた要因では有る。けれど神殿(かむどの)から戻った時には、もう澪は笑って居た。亜耶は、直視出来なかったが。

「亜耶さま!」

 布連の向こうから呼ぶのは、其の澪だ。待ち切れず、迎えに来たのだろう。禊に連れて行って遣ると言ったら、(いた)く喜んで居たから。

 布連を細く開けると、泉への期待に目を輝かせた澪が簪を手に待って居た。其の手首には、昨夜強く掴まれた痕が、色濃く残っている。

「亜耶さま、眠れましたか?」

「…え?」

「夕べ、酷い顔色で在られましたから」

 気にする事など何も無いのですよ、と澪が笑う。嬉しい限りだが、顔色が悪かったのは其の為だけでは無い。ばつの悪い思いを隠して、亜耶は心配無い、と答えた。

「亜耶さま、泉には玉石(たまいし)が沢山在るのでしょう?」

「ええ。柘榴石の原石は踏むと痛いから、気を付けて」

 西の川からは、黄金(こがね)は出るが玉石は出ないと云う。後で、神殿と(むら)を隔てる川にも連れて行って遣らねば、と亜耶は禊衣(みそぎぬ)に着替え乍ら思った。

「亜耶さま、私、昨夜八反目(やため)さまともお話しししたのです」

「…いつ?」

「亜耶さまが、神殿に行っている間に」

 私、あの方が好もしいです。澪は、無理をすると云う風でも無くそう言った。布連を分けて共用の板張り廊下に出ると、澪は間違いなく頬を上気させて笑って居る。

「分を、知らない人よ?」

「多分其れは、亜耶さまにだけです。亜耶さまの選んだ(いも)なら必ず守ると仰有いました」

 其れに真耶佳さまとは、きちんと話が通じて居ましたから。何でも無くそう言われて仕舞うと、そう云えば亜耶は八反目と対話する気など最初から無かった様に思われた。

「澪が…幸せなら、其れだけで良いのだけど」

「幸せです。きっと、亜耶さまがご心配下さる以上に」

 鼻歌でも歌い出しそうな澪と、御館(みたち)(きざはし)を降りる。澪の手の中でちりちりと音を立てる柘榴石は、きっとこの子の一生の宝に成る。

 ふと見えた未来に、亜耶は顔を綻ばせた。




 泉に着いた途端、澪は歓喜の声を上げた。(あお)い水に沈む玉石が、思った以上に色取り取りで澪の常識の中には無い光景だったらしい。

「泉の底なんて、良くて白砂が吹き上げている程度だと思って居りました…!」

 本題を忘れて仕舞いそうな澪に少し可笑しく成り乍ら、亜耶が膝ほどまで泉に浸かって先導する。

「澪、私の後を付いてきてね」

「は…はいっ!」

 清浄な泉の中で足に纏わり付く裳は、さらさらとして気持ちが良い。腹の辺りまで水に浸かると少々肌寒いが、澪に簪を清水に潜らせる様促す。

 澪は真面目な顔で、潜らせた簪の柘榴石の部分を、心の臓に押し当てた。

 その間に亜耶は、自分の長い髪を避けつつ耳飾りを清水に潜らせる。どちらの耳飾りも、一度の呼び掛けでとくん、と心の拍が合った。其れを両耳とも終わらせたら、ぐっしょりと肩や背中まで濡れて仕舞った。

 澪は驚いて居たが、どうせ今日は髪も結うし、綾が何とかしてくれるだろう。ならば序でだ、と綾は泉に潜る。

「亜耶さま!?」

 足下の玉石を少し分けると、ほら、在った。

「此れが、柘榴石の原石。岩の中に柘榴の実の様に現れるの」

 濡れて仕舞った前髪を掻き上げながら、亜耶は澪の手の上にころん、と不格好な形の石を置いた。澪は早速赤い部分を日に透かして、きれい、と呟く。

「神殿の近くの川の方が、山奥からの流れが有る分きっと沢山見つかるわ。さ、行きましょ」

 神殿と聞いて緊張感を取り戻した澪が、はい、と頷いた。

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