高校に入ってもらう
俺の名前は小嶋栄介。年は26歳。
身長 170センチ。体重60キロ。
一重瞼の狐目で、小学校の頃のあだ名はそのまんま「狐」だった。中学1年から高校3年まで、成績でオール3を取り続けたことだけが、唯一の誇れる自慢だ。
そんな俺だが、今は野上譲、17歳の高校三年生だ。二十六歳で、もう一度高校生をやるなんて夢にも思ってもみなかった。
今俺が歩いている敷地は、私立景星高校。
地元ではかなりの進学校として有名だ。
今年の春から、この学校に時期外れの転校生としてやって来たという設定で、潜り込んでる。
何が楽しくて、大の大人が高校生を演じているのか。これを話せば長くなる。だが割愛して話そう。
そもそも俺はごく普通のフリーター、コンビニの店員をしていた。だが、そんなミスター平凡な俺にも一つだけ特技があった。
それはコンビニ店員として、働いていく中で身につけたのか、あるいは最初から身についていたのかはわからないが、とにかく万引き犯を100発100中で見抜き、捕まえた。捕まえちゃ警察に通報しを繰り返していると、その中の一人が警察の手を煩わしていた泥棒だったらしく、地域に貢献したという理由で、見事感謝状を貰い、表彰された。
今まで生きてきた中で、人に感謝されるという経験があまりに乏しかった俺にとって、涙が出るほど嬉しかった。生きててよかったって本気で思えた。
そしてさらに、驚いたことに自称刑事を名乗る男から「警察官にならないか?」という有り得ないスカウトを受けた。最初は俺も冗談として流していたが、あまりにもしつこかったため、話だけ聴いてみた。彼の話から本気で言っているのだと分かり、すっかり舞い上がった俺は、二つ返事で引き受けた。「フリーターから警察官、一気に身分格上げだ」なんて脳内お花畑の馬鹿なことを考えていた。
この時、断っていれば、俺はこんな制服を約10年ぶりに着る必要もなかったし、登校初日にファンデーションを塗りたくって若作りする必要もなかったのだ。
今思えば、最初からおかしかったのだ。だいたい警察学校も行っていなかったし、筆記試験も受けていない。そんな俺が都合よく、いきなり警察官になれるわけがないのだ。
バイトが終わり、その自称刑事を名乗る男に車で連れて行かれた場所が、山奥にひっそり佇むレンガ造りの建物。
人って、ハッキリと理由は分からないけど、ヤバイなて第六感で察する時があるだろ。まさにあれだ。俺の頭の中の警報アラームが鳴り響いた。
「すみません。俺、やっぱり辞めます」そう言って、停車した車の後部座席から飛び出そうとした瞬間、この自称刑事の男がこう言った。
「月給100万円。上手く仕事をこなせば、インセンティブとして、さらに100万。最終的に無事任務を終了すれば、1億円を現ナマで支払うよ」
脳は、ここから離れろと指示を出しているのに、身体が言うことをきかない。月給100万 任務終了=1億という、異次元の金額が俺の潜在意識に刻印されてしまったのだ。
俺は気づけば、この不気味なレンガ造りの建物に足を踏み入れていた。
薄暗いフロアは、湿度が高く、じっとりした感触が肌にまとわりつく。カビ臭く、床や壁には至る所に苔が生えている。
俺は恐怖を覚え、声が震えた。
「あの、こんな場所で何をするんですか」
自称刑事の男は、唇の前で人差しを当て、静かにというジェスチャーを取った。
出会った時から、この男の行動の節々にナルシスト感が漂っており、イライラさせる。年齢はだいたい20代前半と言ったところか。髪は白髪で、前髪をおろし、右目を隠している。外見から判断するに、今までの人生、女性からキャーキャー黄色い歓声を浴びてきたであろう。よって、俺はコイツがあまり好きではない。
男は床をトントント、ト、トン、ト、ト、トン
という複雑怪奇なリズムで蹴ると、男のすぐ下からガチャという音が聞こえた。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
男が先程まで立っていた地点に縦横1mの正方形の切れ目ができ、パカっと開いた。
「隠し扉!?」
「さぁどうぞ。お入りください。」男はくるりと体を一回転させると、一流執事かのように、右手を隠し扉に向けた。
そんな大袈裟なジェスチャーをしなくても、見ればここに入るんだなってのはだいたいわかる。やはりコイツが嫌いだ。
隠し扉の梯子を降りていくと、中には初老の男が一人、黒壇のテーブルの前に座っていた。メガネをかけているが、人を射るような眼光の鋭さは隠しきれていない。サッと部屋を見回すと、どこかの大企業の社長室ではないかと見間違うほどの豪奢さ。シンプルな部屋だが、壁に掛けられたセンスの良い西洋絵画や、コの字に巡らされた高級そうなグレーの革のソファ、キチンと手入れされた観葉植物、全てが洗練されて見えた。
カビ臭い地上の建物のフロアの下に、こんな部屋があるなんて誰が想像できるだろうか。
「こんにちは。よく来てくれたね」
初老の男は目を細め、柔和な表情をした。
「私の名前は、冴島真次。最もこれは仮名だがね」
「えー、俺は小嶋栄介。仮名ではなく、これが本名です」
「なるほど。では早速で申し訳ないが、栄介くん。君はなぜここに呼び出されたか、わかっているかな」
「いや、任務だとかは聞いてるのですが、具体的なことは何も」
冴島は渋面を作り、梯子から降りてくる男に向かってこう言った。
「快斗!お前、栄介くんにまだ何も話してないのか」
梯子を降りながら、自称刑事の快斗は「話したら、断られると思ったので…」と苦笑いを浮かべた。
冴島は仕方ないなぁといった面持ちで嘆息すると、真っ直ぐに栄介の目を見てこう言った。
「栄介くん。来週から君には高校に入ってもらう」
はぁ?!?!?!?!?!?!?
「彼と一緒に」
冴島の視線の先に目を向けると、快斗が右手でピースサインを作り、悪戯っぽい表情でこちらを見ていた。