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バネ仕掛けの英雄(ピエロ) ACT1

この作品は作者が舞氏のHP、「ARCADIA」と自分のHP「たわごと御殿」に掲載しているものを再度投稿したものです。

 

 

 子供の頃、俺は誕生日プレゼントにテレビで放送していたヒーロー番組の主人公の人形をねだった事がある。

 しかし、息子の誕生日にパチンコで有り金を全部すってしまった親父は、人形の代わりに玩具屋の店頭で投げ売りにされていたピエロのびっくり箱を買ってきた。

 

 息子を失望させないために親父は、赤鼻のピエロを主人公にした一大英雄譚を作って俺に聞かせてくれた。

 その話が余りにできがよかったために、俺は一つの信仰を持つようになった。

 宗教家がアッラーやキリストを信じるように、

 幼い子供がサンタクロースを信じるように、

 俺はこの世にヒーローがいて、努力すれば自分も同じように英雄になれると信じた。

 親父が博打で破産して行方不明になり、びっくり箱のピエロが実は英雄でも何でもないと知った後も俺の信仰が揺らぐ事はなかった。

 

 中学を卒業して俺は警察学校に入学した。

 それが自分の夢を叶える一番の近道だと信じていた。

 警察になった後も俺はひたすら自分の夢に向かって歩き続けた。

 

 賄賂を受け取らず、怠慢もせず、犯罪は決して見逃さない。

 俺は理想的な働き者の警察官を目指した。

 上司と暴力団の汚職を暴こうとして両膝と両肘を銃で打ち抜かれるまでは……。

 

 あの時、俺はライオンのように戦おうとしたが、力及ばず社会と言う名のシステムの前に膝を突いた。

 しかし、念願の力を手に入れた今、ライオンよりも強くなったというのに俺はゴミを漁る野良犬以下の存在に成り下がった。

 空っぽのポリバケツを必死にかき回す野良犬を観察しながら、そんな事を考えていると前を歩いていた相棒から叱咤の声が飛んできた。

 

「何をやっている、『バネ足(スプリング・ヒールド)』。奴の痕跡でも見つけたか?」

 

 仕方なくささやかな現実逃避を止めて、強面の相棒の方に向き直った。

 

「いや、標的が犬に化ける能力でも持っているのかと思ったんだけど。どうも違ったみたいだ。それよりも何か笑えるジョークを言ってくれ、『喜劇役者(コメディアン)』。俺は気が滅入って死にそうだぜ」

 

 俺はこの最低な職場環境を少しでも改善しようと努力したが、相棒の奴は

 

「ちっとも面白くないな、『バネ足(スプリング・ヒールド)』。そして、何度同じ事を言えばわかる。俺はジョークが嫌いだ」

 

 と、この上なく面白く無さそうな顔で言い切りやがった。

 それっきり会話は中断、相棒は俺のほうを振り返りもせずに再び歩き出した。

 全く、職場のコミュニケーションってもんをもうちょっと大切にして欲しいぜ。

 

 しょうがないないので、俺は相棒と二人っきりでいる時にいつもやっている暇つぶしを始める事にした。

 自分をテレビのナレーターに見立てて、今の状況を解説するんだ。

 ちょっとした頭の体操になるし、客観的に自分の立場を見直す事もできる。

 何より全く会話にならない相棒と話すよりも、自分の頭の中で独り言を話しているほうがマシってもんだ。

 

 それじゃ、始めようか?

 あっ、あっ、あぁ――こちらは晴天なり、こちらは晴天なりっと。

 やあ、良い子の皆、俺の名前は『バネ足(スプリング・ヒールド)』。

 別名、『ジャック』だ。

 そして、俺の前を歩いているむっつり顔のデカハゲマッチョは『喜劇役者(コメディアン)』。

 

 俺たちは二人とも、『強化人類(イクステンデット)』の自治組織『党』に属する『始末屋(イレイザー)』だ。

 ん? 

 『党』って何? 

 『始末屋(イレイザー)』って何?

 そもそも、『強化人類(イクステンデット)』って何かって?

 

 良い質問だ。

 だけど、そいつに答えるためにはちょっとばかり長い説明をしなくちゃいけない。

 心とメモ帳と時間の準備は良いかい?

 

 全てを説明するためにはまず時間を二年ばかり前に遡らせる必要がある。

 今からちょうど二年程前に、ある病原体が世界中で猛威を振るった。

 その病気の名前は『EX=Gene』。

 由来不明、正体不明、対処法も不明の困ったさんだ。

 

 学者さんたちのお話によれば『EX=Gene』の感染は既に十年以上前から始まっていたらしい。

 それが潜伏期間を終えて本格的に発症したのが二年前。

 発症する確率はおよそ百万分の一。

 宝くじの当選率とどっこいどっこいだから、こいつを発症させた奴は本当に運が悪かったとしか言いようがない。

 

 ―――まあ、俺も相棒もその運の悪い奴の一人だったんだが。

 

 他の難病と違って、『EX=Gene』は宿主を殺さない。

 それどころか、他のあらゆる病原体から宿主を守ろうとする。

 そして、見返りに宿主の体を自分の住みやすい環境、つまり『強化人類(イクステンデット)』と呼ばれる異能力者に作り変える。

 

 超人、化物、ミュータント……。

 なんと呼んでも良いが、要するに人間社会には必要のない過剰な知力、体力、生命力を身につけてしまった社会不適合者。

 それが、『強化人類(イクステンデット)』だ。

 

 ここまで話せば、俺たちが始めて姿を表した時に社会がどれほどの混乱に見舞われたかわかるだろ?

 ヒーローやモンスターが歓迎されるのはフィクションの世界だけだ。

 現実の世界に現れてしまったら、それはただの厄介者でしかない。

 

 君だってライオンやトラがお隣さんにいたら嫌だろ?

 そして、俺たち『強化人類(イクステンデット)』の大半はライオンやトラよりもはるかに強いんだ。

 

 当然の如く、俺たちと『普通人』の間でさまざまな形の摩擦が起きた。

 摩擦はやがて争いの火花を起こし、火花は戦争の大火に成長しそうになった。

 その事にいち早く気付いた俺らのリーダーは人間側の代表者と秘密裏に停戦協定を結ぼうとした。

 

 もちろん、両者の間に横たわる溝は広くて深い。

 異能者、普通人双方とも交渉のイニシアチブを握ろうとした。

 会議は思いっきり紛糾するか、果てしなく無意味に踊るしかないかと思われた。

 しかしその時、愛と知恵と勇気、何よりも良く回る小ずるい頭と超感覚能力を持つ我等が代表の放った一言が会議の流れを一気に変えた。

 曰く―――

 

「ええ、貴方がたの言う通り。戦争になれば物量で圧倒的に勝る貴方がたが勝つでしょう。でも、大統領閣下。私たちは貴方たちに勝てないかもしれませんが、ここにいる方全員を無一文にする事ぐらいはできるんですよ?」

 

 どうだい?

 痺れるような台詞だろ?

 実際、これを聞かされた人間側の代表はしばらく口が利けなかったそうだ。

 何しろ、弁護士だった頃に受け取った賄賂から、子供の頃にしたオネショの回数まで彼しか知らないはずの情報をずらずら目の前に並べられたんだからな。

 

 こうして、新旧二つの人類はお互いに手を取り合い、停戦の条約を結んだ。

 その電話帳二、三冊に昇る内容は以下の二つの条文に要約する事ができる。

 

 一つ、『強化人類(イクステンデット)』側は自治を行い、社会に対して害を及ぼす同類がいればこれに対して可及的速やかに制裁を下す。

 一つ、上の条目が守られる限り、『普通人(ノーマ)』 側は『強化人類(イクステンデット)』側の自治に干渉せず、その存在を大衆の目から隠蔽する事に協力する。

 

 要するに『見てみぬ振りをしてやるから、自分のケツは自分で拭け』といったところかな?

 

 で、最初の質問に戻るんだが、この時誕生した異能者の自治組織が『党』。

 その『党』に所属する軍隊兼秘密警察兼死刑執行人が俺たち『始末屋(イレイザー)』ってわけだ。

 『始末屋(イレイザー)』は徴兵制じゃなくて、志願制で成り立っている。

 『党』の存在を知った時に俺は真っ先に志願した。

 

 ああ、認めよう。

 俺は喜んでいた。

 まるで玩具の銃を振り回す幼い子供のように、新しく手に入れた力を思う存分に振り回せる場所が欲しがっていたのさ。

 

 はじめの頃は確かに楽しかったよ。

 毎日が充実していた。

 仲間ができ、友人ができ、無口だけど頼りになる相棒もできた。

 自分が本物のヒーローになったような気さえした。

 

 たが、楽しい時間って奴は長続きしない。

 昇る朝日はいつか地平線に降る夕日に変わる。

 真っ赤に染まる景色の中で、俺は自分の『遊戯(しごと)』の正体を思い知らされる事になった。

 

 社会と言う名の窮屈な檻に我慢できずに、必死に頭を上げようとする者がいる。

 大抵の奴等は頭を踏みつけられて檻の中に戻っていくが、中にはなおも頭を上げることを諦めない奴らがいる。

 そいつらの頭を踏み潰す事、それが俺の本当の役目だった。

 

 だから、命令されたとおりに踏み潰したさ。

 男を、

 女を、

 子供を、

 老人を、

 そしてまた子供を……。

 

 自分が殺してきた人間たちが『悪人』と言う名の記号じゃない事に気付いたのは何時だったか?

 彼らの多くは根っからの悪党じゃない。

 ただ貧しいだけなんだ。

 怪物のような姿に変えられ、まともな職につくこともできずに、犯罪の道に押し出された者達なのだ。

 

 彼らは貧しい祖国を捨て、儚い栄光と富の夢を追いかけて黄金の名前をもつこの国にやってくる。

 まるで燃え盛る火に誘われた虫のように。

 そして文字通り虫のように死んでいく。

 

 彼らは悪くない。

 本当に悪いのは彼らを犯罪に走らせた社会のほうだ。

 その社会を作り上げた人間たちのほうだ。

 なのに、俺は悪党どもが暖かな家の中で贅沢な食事を惜しげもなく捨てている間、凍えて飢え死にしかけた貧乏人たちを殺している。

 悪党どもの財産を守り、本当に守りたいと思ってきた人たちを踏み潰してきた。

 果てもなく、終わりもなく、そして意味もない仕事……。

 

 俺は出口の見えない迷路にはまり込んだ。

 ちょうど今、歩いているような薄汚くて捻じ曲がり、恐らくは危険な場所に。

 バブルの頃に作られ、バブルがはじけると同時に打ち捨てられた工業団地。

 誰が呼んだか、『工業墓地(モルグ・ファクトリー)』。

 青い空を塞ぐように立ち並ぶ鉄筋コンクリートの墓標は今の俺の心境を現すのにぴったりだ。

 

 俺と相棒はある『強化人類(イクステンデット)』を始末するために、この臭くて汚い場所までやってきた。

 そいつが犯した罪は三つ。

 殺して、盗んで、その上証拠を消し忘れた。

 特に最後のが最悪だ。

 これさえきっちり守れば、他の罪は帳消しにしてもらえたかも知れないのに。

 

 それに対して俺たちがするべき事はもっとシンプルにたった二つしかない。

 サーチ&デストロイ。

 見つけてぶっ殺す。

 魔女狩りの口実を普通人どもが見つける前に仲間内で摘み採っておこうというわけだ。

 ちなみに二つの内、見つけるのは相棒の役目、ぶっ殺すのは俺の役目だ。

 

「あった。あいつの痕跡を見つけたぞ」

「……っと、さすが現役の探偵。目がはしっこいな。で、こいつは?」

「多分、足か手の爪の跡だと思う」

 

 その爪痕は百八十センチを超える相棒がせい一杯背伸びをしてようやく手が届く位置にあった。

 ヒグマがテリトリを主張する時につけるマーキングによく似ている。

 コンクリートの上に等間隔でつけられた傷跡は、『標的』が爪を使って壁を地面みたいに走っていた事を示している。

 

「武器は鋭利な爪と馬鹿力ってところか。普通人どもの報告書どおり、典型的な四肢強化型だな」

「ああ、しかもこの爪痕は新しい。ついさっきここを通って行ったみたいだ。これは思ったよりも早く接敵する事になるかも知れん」

「だったら、ありがたいな。殺すにしろ。殺されるにしろ。今日は早く眠れそうだ」

 

 『喜劇役者(コメディアン)』の奴はクスリとも笑わなかった。

 俺も冗談を言ったつもりはなかった。

 今口にしたのは嘘偽りない俺の本心だった。

 

 工業墓地モルグ・ファクトリーは何時来ても最悪の場所だ。

 鉄筋コンクリートの芯まで染み込んだ退廃の悪臭は人を鬱にさせる。

 空まで覆い尽くすほどの建物の下にいるとあのびっくり箱の中のピエロになったような気分になる。

 

 兎に角、一刻も早くこの場所から離れたかった。

 例え、あの『(タートル)』のような化け物と戦う羽目になっても構わない。

 この場所よりも最悪な仕事(殺し)なんてありえないとさえ思っていた。

 

 だが、相棒と一緒に『標的』を追い詰めた時、俺は今回の仕事が工業墓地モルグ・ファクトリーの溝臭い路地よりも胸糞悪い、まさに最低最悪のものである事を知った。

 

「……こんなの聞いてないぞ。まだ子供じゃないか」

 

 行き止まりで震えている『標的』を見て俺は呻き声をあげた。

 俺が追い詰めた『標的』はまだ少年……いや、幼児と言って良い年齢だった。

 痩せぎすの体にぼろ布みたいな服。

 大きな瞳は涙に濡れ、乾いてひび割れた唇は俺が聞いた事もない異国の言葉を呟いている。

 言葉の意味はさっぱり分からなかったがその子が助けを求めている事だけはなぜか分かった。


 俺と同じように戸惑っていたのか、『喜劇役者(コメディアン)』も怖い顔で子供の方をじっと見つめていた。

 何事か言いかけて口を閉じ、俺の方に向き直って、

 

「そうだな。子供だな。良かったじゃないか、『バネ足(スプリング・ヒールド)』。今日の仕事は早く終わりそうだぞ」

 

 相棒の言葉を聞いて俺はわが耳を疑った。

 続いてあいつのほうを見て、わが目を疑った。

喜劇役者(コメディアン)』の奴は懐に手を入れて、消音器着きの拳銃を取り出そうとしていた。俺は慌てて腕を掴んで、あいつを引き止めた。

 

「正気か、相棒! 相手は七歳ぐらいの子供だぞ」

 

 相棒はうんざりした顔で俺を見た。

 

「俺にも目は着いている。お前こそあいつの腕から生えているでっかい爪が見えないのか? 報告書にはガイシャは鋭利な刃物のような凶器で内臓を掻き出されていたと書いてあった。間違いない。あいつが犯人だ」

 

 そう言われて俺はもう一度『標的』を詳しく観察した。

 確かに相棒の言った通り、その子の腕は大人顔負けのサイズに膨れ上がっていた。

 両手の甲から三本、反対側の手首から一本、合計八本の鋭く長い爪が突き出している。

 しかし―――

 その体には自分の爪でつけた胸が痛くなるような傷跡が無数にあった。

 

「待ってくれ、相棒。俺にはあの子が殺人を犯したとは思えない。一端帰って背後を洗いなおそうぜ」

 

喜劇役者(コメディアン)』は一秒か二秒の間、まじまじと俺の顔を見つめた後、溜め息を付いて言った。

 

「お前の気持ちは分からなくもない。でもな、例え子供だろうと掟破りは掴まえてけじめをつけさせなければならないんだ。それができなければ、普通人は俺たちが生きている事さえ許さない。それに考えて見ろ……仮にここで俺たちが見逃したとしてもあの餓鬼にどんな未来が待っている? 運が良くても他の始末屋に見つかって処分。悪ければ普通人に掴まって地獄みたいな研究所行き。ここで一発で楽にしてやるのがあいつのためでもあるんだ。どうだ? 俺は何か間違った事を言っているか?」

 

 何時になく雄弁な相手に困惑している内に相棒は俺の手を振り払い、再び『標的』に向き直った。

 

「分かったなら、もう邪魔をしないでくれ。……お前だって子供を殺した事ぐらいあるだろ? ちょっと目を逸らしていろ。すぐに済む」

 

 言い返したいことは一杯あった。

 俺が今まで殺した餓鬼は、皆年齢上は未成年でも外見は大人だと通用するような奴ばっかりだった。

 しかも救いようのない馬鹿ばかりで、俺ができる限り話し合いで物事を解決しようとしたのに、そいつらは自分の力を傘にきて問答無用でこちらを殺しに掛かってきた。

 でも、なぜか俺の舌と口は一ミリも動いてくれなかった。

 

 今まで殺した人間の顔がスライドショーのように目の前を横切っていく。

 男、

 女、

 子供、

 老人、

 そして―――

 

 ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ―――。

 びっくり箱の中のピエロが箱の蓋とバネの間に挟まれて悲鳴を上げている。

 

 やがて白昼夢は終わり、俺は再び醜悪な現実に目を向けた。

 相棒が相変わらず一言も話さないまま、銃の安全装置を外し、遊ていを引いて薬室に銃弾を送り込み、銃口を子供の首元に向けている。

 あの子はもう泣いていなかった。

 泣き顔よりもさらに悪い。

 虐げられ、奪われ、蹂躙され尽くした人間だけが浮かべる諦観に満ちた虚ろな表情を浮かべながら俺たちのほうを見詰めていた。

 

 その顔を見ていると、耳の奥で相棒の声と俺の両手足を穴空きにしてくれた元上司の声がダブって聞こえた。

 

 ――黙って見ていろ。すぐ済む(それで全て丸く収まる)

 

 この二年間、俺の中で溜めに溜めていた何かが音を立てて吹き飛んだ。

 

 気付かれないように身長に手を伸ばして、相棒の肩を掴む。

 

「なんだ? まだ何か有るのか?」

 

 苛立った顔で振り返った相棒は、驚きに目を見開く。

 ひょっとしたら、それは長い付き合いの間であいつが始めて見せてくれたしかめっ面以外の表情だったのかもしれない。

 

 EX=Geneが俺に与えた新しい能力、強靭なバネのように自在に伸縮する手足。

 三倍以上に伸ばした腕を一気にもとの長さに戻した。

 その勢いで相棒の体は宙を舞い、砲弾のような勢いで廃工場の一角にあるゴミ山の中に突っ込んだ。

 

「悪いな、『元』相棒。でも、これだけやられていれば、お前も後でボスたちに締め上げられずに済むだろ?」

 

 ちょっと様子を見る。

 返事はない。

 どうやら、気絶したようだ。

 まあ、あいつも指紋や顔を変えるだけとは言え筋骨を強化されたEX=Physicalの一人だ。

 あのぐらいで死んだり、後遺症残すほどやわじゃないだろう。

 念のためにクッションになりそうなゴミの山の中に投げ飛ばしたしな。

 

 相棒の事を一端頭の隅に押しのけて、俺は子供のほうを振り返った。

 あの子は逃げなかった。

 困惑した顔で俺の方を見ていた。

 俺はなるべく警戒させないように、ゆっくりとあの子の目の前まで歩いていき、

 

「ああ……そのなんだ。あの恐いお兄ちゃんはもう眠っちゃったみたいだし。どうだい、俺と一緒に逃げないか?」

 

 これで断られたら俺格好悪すぎるな、等と考えながら手を差し伸べた。

 あの子はじっと俺の手を見詰めた後に、両手を差し出した。

 その手を掴もうとすると、後ろに下がって避ける。

 

 はて? 

 俺の言ってる事が伝わらなかったのか?

 一瞬そう考えたが、すぐにそれは勘違いだって事がわかった。

 

「そっか、その爪で俺が怪我をしないように気をつけていたんだな。お前、良い子だな」

 

 その子の肘の下に掌を押し当てて、鋭い爪の着いた腕を上げさせた。

 腋の下に手を回して抱き上げると、小さな体が思った以上に痩せている事に気付いてぎょっとした。

 

「俺は『バネ足(スプリング・ヒールド)』。アメリカ人だった親父は『小僧(ジャック)』って呼んでた。友達も同じように俺を呼ぶ。『バネ足ジャックジャック・スプリング・ヒールド』ってわけだ。で、お前さんのお名前、ネームはなんだい?」

 

 子供は潤んだ大きな瞳でまっすぐ俺の顔を見詰め、

 

「ミオ……」

 

 と囁くような小さな声で言った。

 

 

 そして、俺たち二人の短い逃避行が始まった。

 

 


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