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二年目の誕生日 ACT14

この作品は作者が舞氏のHP、「ARCADIA」と自分のHP「たわごと御殿」に掲載しているものを再度投稿したものです。

 体の至る所で熱と衝撃の花が咲く。

 45ACPや44マグナムの大口径拳銃弾のカクテル。

 しかも、体内で潰れて血肉を押し広げるようにえぐるホローポイントのおまけつきだ。

 

 人間どころか、大型の野性動物だって瞬殺しそうな火力。

 でも、イワンさんに化けるために体中に衝撃緩衝剤を仕込んだ私は、この程度では止められない。

 

 黒服の銃の弾が底をついた。

 私は顔をがっちりガードしていた腕を開いて、振りかぶる。

 ドシロウトみたいにモーションの大きい右フック。

 俗にいうテレフォンパンチだ。

 

 黒服は迅速に腕の軌道を読み切ると、手刀で迎撃する。

 だが、人の骨格を持たない私に、普通の格闘技は通用しない。

 私の腕は手刀に当たった部分を支点に折れ曲がり、拳は扇型の軌道を描いて敵の側頭部に命中した。

 

 脳みそが頭蓋骨の中で跳ね回る感触が手に伝わる。

 敵の体は半回転した後に、ぐにゃっと力を失った。

 倒れかかってくる体を避けようとした時の事だった。

 


 黒服の影からもう一人の刺客が跳び出したっ!


 

 左手から放たれる高速のジャブ、これはフェイント。

 右手に隠したタガーナイフ、こっちが本命!

 私は上身をのけ反らせて、後ろに跳び退く。

 それでも間に合わず、左の頬から目に痛みの線が走った。

 

 拳銃や拳は良いけど、ナイフはまずいっ!

 体を変形させて、銃の弾丸や鈍器を受け止めるのは難しくない。

 でも刃物は変異した私の筋肉を貫き、内臓や脳を傷つける恐れがある。

 

 目を傷つけられたせいで左側の視界に陰りが生じた。

 敵がその死角に回り込もうとしている。

 私は体を捻りながらバックステップ。

 着地した瞬間に左ハイキック。

 

 それを見た敵がすかさず足を狙ってナイフを繰り出してくる。

 大動脈を切ると同時に機動力を奪うつもりなのだろう。

 だが、刃が皮肉を削る寸前、私は足の長さを半分に縮めた。

 

 ナイフは的を外し、敵の体は大きく左に泳ぐ。

 私は足の長さを元に戻すと、その爪先をぽっかり開いた敵の顎に叩き込んだ。

 敵は白目を剥いて、糸の切れた操り人形のように床に倒れた。

 

 心臓が一打ちする程度の時間を費やして、二人の男が完全に沈黙したのを確認。

 イワンさんの援護をするために振り返った私は、


 

 戦いの途中でほうけて立ち尽くすという失態を犯した。


 

 イワンさんは一人で立っていた。

 その周りで三人の男が、血の海に沈んでいる。

 イワンさんのシャツには傷どころか皺すらついていなかった。

 

 私が二人組の敵と戦っている間に何が起こったのか。

 それは現場を見ればだいたい想像が着く。

 

 イワンさんは、両手に木製の槍を持って黒服たちに背後に忍び寄った。

 まず、一人めの腎臓を後ろから串刺しにして瞬殺。

 二本目の槍を投げて、もう一人の首を壁に縫い留める。

 そして、最初の犠牲者の銃をその手ごと握って、最後に残った一人の顔に弾丸を三発叩き込んだ。

 

 口で言うのは簡単だ。

 が、これだけの事を瞬時に、しかもプロの傭兵相手にこなすためには野性の豹並みの反射神経があっても足りそうにない。

 

 こちらの視線に気付いたのか。

 イワンさんは、天井に開いた小さな穴に目をやって私に笑いかけた。

 

「年は取りたくないものだな。この程度の相手に一発撃たせてしまったよ」

 

 髭の生えていた口元を指差し、それから息のある男達を指差した。

 イワンさんの意図を悟った私は、急いで自分が倒した敵のほうに向かった。

 

 まだ昏倒している男たちの体をまさぐり、予備の銃や弾倉を抜き出した。

 二人の頭からヘッドフォン型の無線を外し、外の音が漏れないように手を変形させて包み込んだ。

 私の後ろではイワンさんと『(レインボー)』が死んだ男達から銃や防弾ベストを回収していた。

 

「『(レインボー)』くん、発砲済みの銃は弾倉を抜いて、予備の弾倉を詰めておきなさい」

「はいっ! でも、どうしてこんな事をするの?」

「それは自分が撃った弾の数を正確に数えるためだよ。使用済みの弾倉はいつ弾切れするかわからないね。さあ、次は捕虜を縛り上げる番だ。ちゃんと縛る前に関節を外しておくように。そうしないとせっかく縛ったのに縄抜けで逃げられてしまうから」

 

 ……あまり人の妹に物騒な事を教えないでください、お爺さん。

 振り返って抗議しようかと思ったけど、やっぱりやめた。

 今は先にやっておかなくちゃいけない大事な仕事がある。

 

 殴り倒した男と蹴り倒した男。

 二人を見比べた末、蹴り倒したほうを選んだ。

 さっき手合わせした感触からして、こいつが小隊長で間違いないだろう。

 

 五人のうち、二人を生かして置いたのは今この屋敷を包囲している敵の数と配置を知るため。

 もちろん歴戦の傭兵が、素直に口を割るとは私も考えちゃいない。

 この手の輩から情報を引き出すためには、ちょっとしたコツがいるのだ。

 

 額をぎゅっと手で掴む。

 オレンジを絞るようなイメージで意識を凝らす。

 大量の水が袖や襟から零れ落ち、私の体が二まわりほど縮んだ。

 

 額から手を離すと、イワンさんの『外装』が消えていた。

 代わりにあった殴り倒した男と瓜二つの顔。

 その顔でまだ気絶しているほうを揺すって起こす。

 

「おい、しっかりしろ。大丈夫か?」

 

 さっき少ししか話せなかったので、声のほうはあてずっぽうだ。

 気絶していた男はうめき声をあげながら、目を開けた。

 

「うっ……レッド・ツーか。オメガはどうした?」

 

 レッドというのは多分、こつらのチームの作戦名だ。

 オメガはイワンさんを表す符号といったところか。

 

「オメガは仲間と逃走。作戦は失敗した」

「まだ、終わっちゃいない。やつらはまだ屋敷の中にいるはずだ。ホワイトに連絡して体制を立て直す」

 

 夢遊病者の手つきで耳もとを探る。

 空振り、訝しげな表情を浮かべた。

 

「……無線機は取られた。銃もだ。立てるか?」

「ああ、なんとかな。手を貸してくれ。それにしてもあの爺さん、何故俺達を殺さなかった」

 

 私が濡れた皮膚に触れた瞬間、男の指が電気を浴びたみたいに引き攣った。

 鋭い視線が私の手、服、顔の順番に移動する。

 その瞳の奥にひらめく理解の光。

 

「きさまっ……!」

「どうした、俺の服が気になるのか?」

「俺以外は皆、死んだってわけか。だが、残念だったな。もう貴様に聞かせる事は何もないぞ」

 

 手負いの獣のようにこちらの隙を伺う男。

 今にも噛み付きそうなその顔に微笑みかけた。

 

「いや、聞きたい事はもう全部聞かせてもらったよ」

「何だって?」

 

 驚愕にぽっかりと開いた口を拳で打ち抜く。

 顔中に疑問譜を浮かべながら、男は床に沈んだ。

 イワンさんと妹が、すかさず捕虜を部屋の中に引き釣りこんだ。

 

 敵から奪ったヘッドフォン型の無線機を自分の耳に取り付けた。

 深呼吸を一回、咳ばらいを二回。

 軽い発声練習の後に私の口から飛び出したのは、

 

【もしもし、こちらレッドチーム。ホワイトチーム、聞こえるか?】

 

 ついさっき気絶させた男の声。

 

【こちらホワイト・ワン。レッド・ワン何故通信が途絶えたっ!】

【伏兵がいたんだ! レッドチームは俺を除いて全滅した。オメガは仲間とエレベーターホールに向かった】

【そうか……じゃあ、俺達がオメガの足止めをする。ブルー、イエローチームと一緒に奴らを挟み打ちにするぞ!】

 

 敵はやはり四個小隊、約二十人。

 私達を襲ったレッドチーム。

 司令塔と思しきホワイトチーム。

 そして、屋敷のどこかに隠れているイエローとブルーだ。

 敵の編成はわかったが、ここで戦力を集中されると各個撃破が成立しなくなる。

 

【待て! 戦力を一箇所に集めすぎるのはまずいぞ!】

【何故だ?】

【俺達の標的はオメガだけだ。逆にいえば敵はオメガだけを逃がせば良い。もし、戦力を三階に集中させた時に標的が二階か五階を通って外に逃げ出したらどうする?】

【俺達ホワイトとイエローで奴らを挟撃して、逃げ出した時は庭にいるブルーに仕留めてもらえば良い】

【事はそう簡単じゃない。直接手合わせしたから解るんだが、オメガは化け物だぞ。三人があっという間にやられた。五人程度の小隊じゃ太刀打ちできない】

【……『雷帝イワン』健在なり、か。やつは生身の人間だが、『強化人類(イクステンデット)』と同等の脅威と考えたほうが良さそうだな】

 

 無線を耳に押しつけながら、首をかしげた。

 はて、『雷帝イワン』と言う名には聞き覚えがある。

 たしか、歴史上の人物か、妹がいつも見ていたアニメの主人公がそんな名前だったような気がする。

 今度、余裕のある時に『(レインボー)』に聞いてみる事にしよう。

 

【しかし、オメガ以外はたった三人で、大した戦力ではない。俺は何とか逃げ切る事ができた。まずは全員、その場を動かずに様子を見るというのはどうだ? 敵が陽動で襲ってきたとしても、うまく障害物を使えば二人ぐらいでも敵の足を止めることはできるだろう。そして、本命のオメガが出た時に残り全員で包囲するんだ。外にいるブルーチームに、手の空いた人間を加えれば何人になる?】

【俺達とイエローから三人ずつ出して、それにブルーを加えれば合計11人か。チームをばらすのは気が進まないが、十倍以上の戦力差ならオメガを確実に仕留められるだろう。よし、レッド・ワンは俺達と合流して、エレベーターホールに向かった奴らを挟み撃ちにしてくれ】

【分かった。敵に気付かれる恐れがあるから、無線は切るぞ】

 

 無線を切ると同時に、イワンさんと妹が隠れていた場所から飛び出した。

 私は二人から銃や防弾ベストを受け取りながら、今までの会話を報告する。

 

「敵は五人小隊が四つ、計二十人。チームの配置は一階のエレベーターホールに司令塔のホワイト。外の庭にブルー、たぶん裏口にイエロー。私達が全滅させた襲撃チームがレッドです」

「それではゲリラ戦の定石通り、指揮官のいるホワイトから順次片付けていくとしようか」

 

 渡された銃の弾倉を抜いて、弾の数を確認する。

 イワンさんがもうやってくれたと思うけど、やっぱり戦場で命を預ける武器の動作は自分で確かめないと気が済まない。

 メインアームをベルトにさし込んで、サイドアームに手を延ばす。

 その時、ふと気がついた。

 

 最近、45口径が見直され始めたとは言え、出回っている拳銃の大半は38口径。

 銃弾の主流はまだまだ9ミリパラだ。

 それなのに敵はただでさえ火器の入手が困難な日本で、銃弾を45ACPや44MAGで統一している。

 なんで?

 

「あーそれは多分、私のせいですな」

 

 妹が防弾ベストを切るのを手伝いながら、イワンさんが言った。

 

「昔、十二か十三発ぐらい拳銃で撃たれた後、命カラガラ退却した事がありましてな。それが人の口から口へ伝わる内にどこで間違ったのか、何十発も弾丸を受けながら、敵を全滅させたという話にすりかわったのですよ。いやあ、噂というのは恐ろしいもんですなぁ」

 

 いや、実話の方も十分凄いんですけど……。

 この人と一緒にいる人間の定義が変わっちゃいそうだ。

 武装を調え、いざ出陣しようとした時、ちょっと見過ごせないものが視界の端に入った。

 

「あっ! 『極光(オーロラ)』いきなり何をするのさ!」

「それはこっちの台詞よ。『(レインボー)』こそこんなもの持って何をするつもりだったの?」

 

(レインボー)』の手からグロック21を抜き取り、合成樹脂性の銃身を見せ付けるように目の前にぶら下げる。

 妹は小さな体で大きく跳び上がりながら、私が奪った拳銃を奪い返そうとした。

 

「返してっ! 銃の撃ち方ぐらい皆と一緒に習った! 私だって戦えるよ!」

「安全装置の外し方も知らないくせに?」

「い、今から外すところだったのっ!」

「嘘つかないで! グロックには安全装置なんてついてないよ」

 

(レインボー)』が青ざめた顔で凍り付いた。

 私はあの子の目の前にグロックのグリップとトリガーを突き付ける。

 そう、グロック社の拳銃には普通の銃で言う安全装置は存在しない。

 その代りに引き金が二重構造になっていて、二つの引き金をすべて引き切らないと弾丸を発射できないようになっている。

 

(レインボー)』は実弾の射撃経験があるけど。

 今までロシア製のトカレフやマカロフしか撃った事はない。

 だから、オーストリア製のグロックをどうやって扱うのか分からなかったのだ。

 私の説明を聞くと、『(レインボー)』は唇を噛みしめ、黙って足元を見た。

 

 妹が落ち込んでいる姿を見ると胸が痛くなる。

 しかし、『(レインボー)』の身を守るためにはこれは避けて通れない道だった。

 うつむくあの子のそっと手を乗せ、そよ風よりもやさしく語りかける。

 

「一緒に戦ってくれようとしているのは嬉しい。でも、貴女は弱いんだから、こんな危ないことをしちゃダメ。いつものように良い子で待ってて―――」

 

 そして、耳元に魔法の言葉を注ぎ込んだ。

 

 愛している。

 愛しているよ、『(レインボー)』。

 これは貴方のためなのよ……。

 

 魔法の言葉はいつもの通り、効果抜群。

 抱きしめた妹の体から、強張った力が抜けていくのを感じた。

 あの子は泣きそうな、何か言いたげな顔で私を見上げている。

 

 でも、大丈夫。

 きっと、大丈夫。

 これはいつもと同じささやかな口喧嘩。

 私が仕事から帰れば『(レインボー)』はまた『良い子』に戻っているはずだ。

 

 さあ、これから先は仕事、仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事の時間だ。

 やらなくちゃいけない事が山のようにある。

 殺さなくちゃいけない敵が山のようにいる。

 

 顔の筋肉がひきつり、口が笑みの形に歪んでいく。

 浮き立つ心を抑えながら、私は、

 

「『極光(オーロラ)』さん……」

 

 落ち着いた声が、傍らから投げかけられた。

 熱湯みたいな高揚感に包まれていた私は、その一言で少しだけ我に帰った。

 顔をあげると、イワンさんが探るような視線でこちらを送っていた。

 

「どうか、しましたか?」

「いや、今は時期が良くない。この件はまた帰ってきた時にゆっくり話しましょう」

 

 目元に悲しげな皺を寄せながら、イワンさんは私に背を向けた。

 老人の態度に首を傾げたが、私は彼の後をついて敵の司令塔が待ち構えるエレベーターホールへと走った。

 ふと気になって肩越しに後ろを一瞥した時、

 

 眼尻に目を溜めた『(レインボー)』が虚ろ表情で私達を見送っているのが見えた。


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