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二年目の誕生日 ACT3

この作品は作者が舞氏のHP、「ARCADIA」と自分のHP「たわごと御殿」に掲載しているものを再度投稿したものです。

 お年寄り達を相手に仕事をしていて、一番ありがたいと思うのは、時間にルーズな人が少ない事だ。

 私が相手を待たせる事は有っても、こちらが待たされる事はあまりない。

 

 今回も、私が待ち合わせ場所についた時には、迎えの車は既にその場に到着していた。

 富と権力の象徴である霊柩車のような黒塗りのリムジン。

 その運転手と簡単な確認の合図を交わした後、私は車上の人となった。

 

 運転手の腕が良いのか、カーナビの性能が良いのか、それともその両方なのか。

 私を乗せたリムジンは、ショートカットにショートカットを重ね、朝の渋滞に喘ぐ他の車両を嘲笑うようなスピードで都心を離れ、郊外を抜け、冬枯れした木々に覆われた山の中へ踏み込んでいった。

 

 道の途中で私は、何度か運転手に話しかけ、新しい顧客に着いて情報を集めようとした。

 しかし、彼は私の質問に簡単な返事を返すだけで、後はまるで自分は車の部品ですとでも言いたげに少しこちらの会話に乗ってこなかった。

 そして、その返事と言うのがまた「存じ上げません」とか、「お会いになれば分かります」と言ったような素っ気ないものばかり。

 最後には私も、運転手から依頼人の情報を得る事を諦め、代わりに窓から見える景色に意識を集中させる事にした。

 

 高速で通り過ぎる標識や目印になりそうな建築物を目で追い、脳裏に焼き付ける。

 移動する時には必ず道順を覚え、退路を確保する。

 母国で過ごした最後の数か月間を逃げる事と身を隠す事、そして戦う事だけに費やす内に身につけた習慣だ。

 

 とはいっても、今私が目にしているのは決して見覚えのない光景ではない。

 今年の春、私と妹はこの道を辿って、日本で初めて宿泊したホテルからこの国の首都へ赴いたのだ。

 

 瞼の裏に、横切る懐かしい映像の数々。

 心地よい記憶に、思わず口許に綻んだ。

 

 ああ、そうだ。

 そう言えば、あの暖かな春の日、この道の両側は満開の桜が建ち並んでいた。

 あれは、なんと美しい光景だった事か。

 今でも瞼を閉じれば、あの時目にした桜の花びらの一枚一枚まで思い出す事ができそうだ。

 

 今まで、本や父のアルバムにあった写真以外では見た事のない光景。

 私と『(レインボー)』は、盛んに歓声を上げ、自分達が目にしたものについて熱心に語り合った。

(レインボー)』は、頬をあの日見た桜の花と同じ色に光らせがら言ったものだ。

 私達の国では冷たい雪が降るけど、お父さんの国では春に花びらが降るんだね、と。

 

 思えば、あの頃は全てが輝かしかった。

(レインボー)』は笑っていた。

 私も笑っていた。

 私達は自分達の未来について微塵も疑いを抱いていなかった。

 あれほど焦がれていた国に来たのだから、幸せにならないわけがないと思っていた。

 そして今は、

 

 今は……。

 

 一瞬脳裏を過ぎった言葉が私を春色の思い出から冷たい現実に連れ戻した。

 傍らにいた妹の幻が消えた。

 舞い散る桜の花びらは皺くちゃの枯葉に変わった。

 桜並木は冬枯れした木々の列に、暖かな春の陽射しは陰りを帯びた冬の陽光となった。

 

 自分の行為に後悔を抱いた事はない。

 間違いなく正しいと判断した事。

 妹の幸せのために必要だと感じた事。

 それらを一つ一つ積み重ねて至った現在だ。

 

 私は一度も間違った事はないし、後悔もしていない。

 今でも胸を張ってそう言うことができる。

 でも……。

 でも、何故だろう。

 私達は絶対に幸せになるはずだったのに、

 幸せにならなくちゃいけないはずだったのに、

 何故私の心の隙間を、こんなにも冷たい風が吹き抜けているのだろうか?

 

 窓の外を移動する風景のスピードが急速に衰え始めた。

 私が思い出と感傷を弄んでいる内に、無口な運転手はちゃんと自分の責務を果たしていたようだ。

 車の窓を開け、外を覗き、目的地が目の前にある事を確認した。

 

 赤煉瓦の壁と庭園に覆われた大きな建築物が、ゆっくりと近づいてくるのが見えた。

 あまりに豪華で、あまりにも巨大なその姿はホテルと言うよりも、イギリス貴族の豪邸のように見える。

 それもそのはず、このホテルはもともと親馬鹿な日本の華族が、病弱な娘のために立てた別荘なのだ。

 

 件の令嬢は長ずるに及んで、嘘のように健康体になり、生活の基盤を不便な山奥から都市部に移した。

 そして、空いた別荘を遊ばせて置くよりはと、宿泊施設として公開したのがこのホテルの始まりらしい。

 ここまではよくある金持ちの道楽だが、彼女が他の殿様商売と一線を画していたのは、このホテルの経営をきちんとしたビジネスとして成立させてしまった事だ。

 

 別荘をホテルに改築する時に、彼女はまずターゲットを各界のVIPやその家族、極秘に来日した外国の要人に絞り込んだ。

 交通の便が最悪な山奥の旅館で、中流階級以下の客を相手にしていては商売が成り立たない。

 

 広告を打つにあたっても、正規の広告代理店を使わず、父親のコネを利用して口コミで評判を広げ、わざとミステリアスな雰囲気を演出した。

 さらに法外な宿泊費を設定して客のステータス意識を刺激し、一度に受け入れる人数を限定する事によってサービスの質を向上させ、同時に宿泊権の希少価値も吊り上げた。

 

 徹底した高級志向の営業戦略は功を奏し、ホテルの客足は順調に増えていった。

 客の中に政財界の要人の顔等が見えるようになると、彼女は予約を巧妙に操作する事によって、ホテルを一種の『サロン』として機能するように仕立て上げた。

 

 ホテルを、現代の貴族達の『出会いの場』としてセッティングしたわけだが、これがまた大いに当たった。

 各部屋完全防音で厳重に警備された屋敷は、陰謀の密会や秘密の逢瀬に最適。

 交通の便が最悪と言うデメリットも、五月蝿いマスコミや世間の眼を遠ざけるためのメリットとなった。

 

 深窓の令嬢だった彼女は、病弱だった青春の鬱憤をぶつけるようにホテルの経営にのめり込んだ。

 金食い虫のお屋敷を見事に、カネとコネを生み出し続ける打出の小槌に変えたのだ。

 そして今や、彼女のホテルの宿泊権は高級ゴルフクラブの会員権なみの超高額で取引されていると言う。

 

 私と『虹』は来日したばかりの頃、この旅館に数か月間滞在していた事があった。

 別に一般人の客みたいに金がありあまっていたわけじゃない

 母国で溜めた僅かなお金は、日本に密入国する時の偽造パスポートや渡航費だけで底をついてしまった。

 

「超」がつくほど貧乏だった私達が、何故これまた「超」がつくほど高級なホテルに長期間滞在出来たのか?

 その裏には辣腕の女事業家が仕掛けた巧妙な仕掛けがあった。

 

 私達、異能者の中には政財界の要人達が喉から手が出るほど欲しい人材が腐るほどいる。

 だけど、悲しいかな。

 ランダムに発症者が生まれると言うEX=Geneの性質のために、大半が中産階級以下の出身者で構成されている。

 大多数の者達は、上流の世界にコネもなければ、自分をどうやって売り出せばいいのかも分からないのだ。

 

 本来、こうした特殊技能者達に仕事を斡旋するのは『強化人類(イクステンデット)』の互助組織『党』の仕事だ。

 しかし、互助組織はあくまで互助組織。


 9割方、感覚や脳を強化されたEX=Sensitive達で構成されている、『党』の上層部は他に仕事を持ちながら、兼業で組織運営を行っている者がほとんど。

 今、日本に二百人いるとも三百人いるとも言われる異能者達全員に面接を行ったり、就職活動の手伝いをしたりしている余裕はないのだ。

 

 その結果、貴重な能力を持ちながら、職にあぶれた『強化人類(イクステンデット)』が大量に誕生する事になった。

 特に外国からやってくる出稼ぎ異能者達は、言葉や文化の問題から仕事の斡旋を後回しにされがちで、生活費に困った彼らは容易に裏社会に取り込まれ、犯罪行為に利用される事が多かった。

 

 独自の情報網でその事を知ったホテルのオーナーは、すぐさまそれを新たなビジネスに変えるアイディアを思いついた。

 彼女は廉価で宿と食事を提供する変わりに、『強化人類(イクステンデット)』達に自分の能力を自己申告させた。

 そして、そうやって得た情報を元に、政財界の要人達と異能者との需要と供給をすり合わせ、双方に利益をもたらすと共に、自分も大きな発言権を得る事に成功した。

 

 まさに『三方得の法則』を体現したような素晴らしいシステム。

 しかし、日本に着たばかりの頃、私や『(レインボー)』はその事を知らなかったために、まるで王宮のようなホテルに腰が抜けるほどびびって随分と馬鹿な事をしてしまった……。

 

 フリーのミネラルウォーターを飲むのが恐くて、洗面台の水を飲んだり。

 ベッドの上で寝ると、後でシーツを換える従業員にチップを払わなくちゃいけないと思って床で寝ようとしたり。

 あんまりトイレの内装が豪華過ぎるものだから、使うのが勿体無くて我慢した結果、『(レインボー)』が漏らしそうになった事もあったなぁ……。

 

 それで妹を連れて山へ行って用をたそうとしたところで、ホテルの支配人さんに出会って、始めてこのホテルの背景にある裏事情を知ることが出来たのだ。

 驚いて、呆れて、自分達の馬鹿馬鹿しさに思いっきり笑い転げた。

 でも、そのせいで、トイレに行き遅れた『(レインボー)』は……。

 ああ、いや、この先は妹の名誉のために黙っておく事にしよう。

 

 その日の夜、私達はツインルームに泊まったくせに、一つのベッドで寄り添うように眠り、数年ぶりに穏やかな一夜を満喫した。

 

 このホテルは、色んな意味で私達の日本での生活の出発点となった場所。

 そして、何よりも私の日本で一番楽しい思い出の宿る地でもある。

 

 そのホテルに繋がる鋼鉄製の正門が今、ゆっくりと開かれようとしている。

 懐かしくも美しい建物をもっとよく見ようと、私は車の窓から身を乗りだした。

 そして、眉をひそめた。

 

 ホテルは、1年前と変わらぬ優雅な姿で悠然と佇んでいる。

 問題は、ホテルを取り囲む広大な庭園のほう。

 以前、私達がここを訪れた時、正体を隠す煩わしさから開放された複数の『強化人類(イクステンデット)』が悠然と庭園の中の散歩を楽しんでいた。

 

 しかし、今ロココ調の庭園の中に同胞達の異形は見えない。

 代わりに黒い服に身を包み、サングラスで視線を隠した屈強な男達がゆっくりと庭の中を闊歩していた。

 視界の中だけで5,6人はいる。

 目に見えない場所にはその倍の人数が潜んでいる気配がした。

 私の目は男達の胸に宿る物騒な膨らみを見逃さなかった。

 

 一瞬、緊張に身を堅くした。

 罠に嵌まったのかと思った。

 私は一時期故郷で『強化人類(イクステンデット)』だけのレジスタンスに所属し、政府軍相手にゲリラ活動を繰り広げていた事がある。

 密偵として何度も政府軍内に潜伏し、様々な情報を奪い、その戦果に相応しいだけの恨みも集めてきた。

 

 終に独裁者の猟犬達が、私達の後を追って、この国までやって来たのか?

 今回の依頼人を紹介したブローカーが、私を売ったのか?

 口の中に嫌と言うほど味わった灰と血の味が蘇る。

 にわかに恐怖と混乱が、心臓を鷲掴みにした。

 

 すぐに体内に隠したプラスチック製のナイフを運転手の首に突き付け、車を奪って今来た道を引き返したいと言う強い衝動に襲われた。

 しかし、とっさに思い付いた行動を実行に移す寸前で、私は少しだけ冷静さを取り戻した。

 

 落ち着いた頭で考えてみれば、これが仇敵達の罠である可能性は非常に低い事がすぐに分かった。

 理由は二つある。

 

 一つは、運転手が私をこの屋敷まで連れてきたと言う事。

 もし、彼らが私を罠にかけるつもりなら、ここまで連れてくる必要はない。

 人気のない途中の山道で行動を起こしたはずだ。

 

 二つは、このホテルを借り切るためには、日本国の政財界と『強化人類(イクステンデット)』のコミュニティ双方に対する影響力が必要だと言う事。

 東欧の貧乏な小国で、露骨に異能者差別政策を打ち出している私の母国では、逆さに振ったところで、このホテルの部屋を一つ借りるだけのコネさえ出ないだろう。

 

 確かに、これが母国のスパイによる罠である可能性は限りなく低い事は分かった。

 しかし、今何か物騒なトラブルがこの屋敷で進行している事には変わりない。

 

 そして、物騒なトラブルと言えば……。

 とっさに今の仕事を紹介してくれた友人の顔が頭に浮んだ。

 そう言えばあの女と始めて会ったのも、このホテルだったっけ。

 悪友の顔が思い出した瞬間に、彼女に関する記憶も芋づる式に蘇った。

 うわあ、見事なまでに良い思い出が一つもない!

 

 わが悪友は鬼のような心と悪魔のようにねじ曲がった根性を持ち、歩く姿は大魔王という恐るべき人物だが……。

 わけても凄まじいのがこの世の厄介事を尽く引き寄せるそのブラックホールのごときトラブル体質だ。

 

 彼女と行動を共にする者は、際限なく降り注ぐ災難の嵐のために身も心もズタボロにされる。

 そのくせ、全ての元凶である彼女だけは、いつも台風の目みたいに無傷でトラブルをやり過ごすのだから本当にやり切れない。

 

 と、例の友人の事を考えていたら、彼女が何時もつけている香水の臭いが鼻の奥に蘇ってきた。

 全くこれから仕事に掛かろうとしている時に、縁起でもないったらありゃしない。

 

 クワバラ、クワバラ……。

 日本で覚えた魔除の呪文を唱えながら、私は鼻を擦って幻の匂いをもみ消した。

 

 車から降りて、ホテルの中に入った後も、私の懸念は収まるどころか、膨れ上がる一方だった。

 久しぶりに訪れたホテルのロビーは私が覚えているよりも閑散としていて、従業員の数まで減っているように見えた。

 ダンスパーティが開けそうなほど広いロビーをおっかなびっくりを歩いていると、フロントから黒いタキシードに身を包んだ男性がこちらに向かって歩いてきた。

 

「おはようございます。一年ぶりですね、『極光(オーロラ)』さん」

「お、おはようございます。支配人さん。お久しぶりです。良く私の名前を覚えていましたね。と言うより、何故私だと分かったんですか?」

 

 正直言ってかなり驚いた。

 名前を覚えているのはともかく、いつも顔や体の形を変えている私を良く『極光(オーロラ)』だと特定できたものだ。

 それとも、このホテルの支配人は今までの宿泊客の名前を全て覚えたり、私の変身を一目で見破るような人物で無ければ勤まらないのだろうか?

 支配人さんは1年前に比べて白髪が目立ち始めた頭を静かに横に振った。

 

「簡単な推理でございますよ。何しろ今日は、貴方様以外この宿に訪れる者は皆無のはずですからね」

「……そ、それはどう言う意味で?」

「ここに書かれている部屋へ行けばお分かりになります。そこに貴方が今日、お会いにする予定の方がいらっしゃいます。今、このホテルを貸しきっているのも、そのお方です」

 

 そう言って、支配人は一枚のメモ用紙を私の手の内に滑り込ませた。

 上質の紙に鼻を近づけると、微かに薔薇の花のような香りがした。

 紙の上には簡単な数字とアルファベッドが並んでいた、『365-A』。

 つまり、3階にあるスィートルームの一つと言う事か。

 

 この王宮の如きホテルを貸しきるなんて、一体どんな剛毅な人間なんだろう?

 私は支配人に話を聞こうとしたが、彼も運転手と同じようにただ首を静かに横に振るばかりで、

 

「さあ? 私も詳しいお話は伺っておりません。しかし、今までたくさんのお客様を見てきた経験から言わせて頂きますれば、大変立派な方とお見受けいたしました」

 

 極上の営業スマイルでそれ以上の質問を完封された。

 手の中のメモ用紙に再度眼を落とす。

 

 どうにも、気に食わない。

 3階は建物の中に侵入者があった場合、1階や2階と違ってすぐに制圧される恐れは低く、いざとなれば飛び降りる事もできる階層だ。

 庭で目撃したSPと思しき男達も含めて考えれば、このホテルを借り切っている誰かが何者かの襲撃に備えている事はほぼ間違いないだろう。

 

 私の警戒心は今、イエローゾーンを踏み越え、レッドゾーンとの境界線の上に立っていた。

 理性も、本能もすぐにこの場を離れて家に帰るべきだと訴えていた。

 しかし、私の足は踵を返して正面玄関へ向かう代わりに、ロビーを横切ってエレベーターホールの方に向かっていた。

 

 理由は今朝、『(レインボー)』と交わした口論だ。

 多分、今帰っても妹はまだ機嫌を直していない。

 だから、少し。

 後少しだけ……。

 せめて、依頼人の顔だけでも見てから帰りたいと思った。

 

 エレベーターを使って3階に着いた時、一瞬自分が降りる階を間違えたんじゃないかと焦った。

 3階の通路は、寒気を覚えるほど人気がなく、庭園やロビーよりも濃密な静寂に満たされていた。

 窓から漏れる冬の朝の光に照らされた部屋の列が、まるで墓標の群れのように見える。

 

 早くも後悔が湧き上がるのを感じたが、ここまで来たらもう引き返す事は出来ない。

 手元にあるメモと扉の上に着いたナンバープレイトを見比べながら、長い廊下をゆっくりと進む。

 30秒ほど歩いた後に目的の部屋の前に辿り着いた。

 

 黒檀の重厚な扉の前で足を止める。

 鏡のように磨きぬかれたその表面でちょっと身嗜みを整えた。

 息を吸い込み、腹を据えて、硬い木の扉を3回ノック。

 一呼吸分の沈黙。

 その後で、扉の向こうから鍵とチェーンを外す音が聞こえた。

 

「鍵開ケマシタ。ドウゾ、オ入リクダサイ」

 

 少しぎこちないけど、深く良く響く声が私を部屋の中へといざなった。

 言われるままにドアノブを捻り、中に足を踏み入れようとした瞬間―――

 

 私は扉の向こうにいる者を目にしてその場に凍り付いた。

 

 いや、別に何かキテレツな生き物がそこで待ち構えていたわけじゃない。

 むしろ、部屋の中で佇む人物は8割方、私の予想した通りの姿をしていた。

 

 華麗なスィートルームの中にいたのは60歳台の白人の老人。

 頭頂まで禿げ上がった頭の周りに長い白髪を散らし、口元には同じ色の口ひげ。

 艶の良いピンク色の肌は、若草色の瞳と相まって、とても還暦以上とは思えないほどの若々しさを醸し出している。

 

 ここまでは私の想像したとおりの姿だけど、

 そうなんだけど、

 このサイズと言うか、ボリュームはちょっと想定外だったかも!!

 

 今こちらを見下ろす老人の身長は180cmを軽く突破して190cm台、いやもしかしたら2mを超えていたかもしれない。

 そして、それ以上に凄いのがその体に備わった筋肉!!

 

 スーツの布越しにむんむんと漂って来る圧倒的な質と量を備えた肉の気配。

 とても人間と向かい合っている気がしない。

 直立したヒグマに近い物凄い迫力、いや圧力だった。

 近くに立っているだけで、目に見えない突風が吹き付けて来るような錯覚を覚えた。

 

「ドウゾ、遠慮セズニ御入リ下サイ」

 

 相手の存在感にすっかり萎縮してしまった私の心中を察したのか、老人は微笑みながらドアの前から一歩退いた。

 ここまでされて、何もせずに引き返せるほど私の顔の皮は厚くない。

 恐る恐るドアを潜り、豪華な内装のスィートルームの中に足を踏み入れた。

 

 後ろでドアが閉まり、オートロックの掛かる音がした。

 思わず飛び上がりそうになった。

 私は今までホラー映画の怪物のような姿をした同胞を一杯見てきた。

 でも、目の前にいるこのお爺さんは恐ろしげな異能者達とは、また別の意味で相手を恐縮させずに入られない貫禄のようなものを辺りに放射している。

 

 なかなか気持ちが落ち着かない私とは正反対に、依頼人の老人は尊敬してしまいそうなほど泰然と構えていた。

 普通、『強化人類(イクステンデット)』――口の悪い一般人の言葉を借りるなら『化け物』――と向かい合った人間は多かれ少なかれ威圧感を感じて、萎縮するものなのだが、私達に限って言えばその関係は見事に逆転している。

 

 依頼人の老人は部屋の中にあるソファーを私に薦め、自分も向かい側にあるソファーに腰掛け、たどたどしい日本語で話し始めた。

 

「始メマシテ。オ会イデキテトテモ嬉シイ、『極光(オーロラ)』さん。私ハ……」

「あ、私英語とロシア語ができます。日本語が苦手なのでしたらそのどちらかでお話いたしましょうか。ミスター……」

 

 言いかけた言葉を慌てて口の中に飲み込んだ。

 しまった! と思った。

 予想外のプレッシャーを受けて思わぬミスを犯してしまった!

 相手の発言を遮るのはとても失礼な行為だ。

 そして、相手の自己紹介を遮った後に、名前を聞くのはさらに失礼な行為だ。

 

 ちらりと依頼人の表情を伺う。

 良かった。

 彼が機嫌を損ねたんじゃないかと心配したが、どうやら老人は私が思っていた以上に大人物のようで、私に向ける笑顔には少しの陰りも見えない。

 いや、それどころかこちらを見つめる目には私が見たことも無いような慈しみが篭っているような気がした。

 

「……イワン。イワン・イリヤノビッチ・イワノフ。親しい人の中には老イヴァンと呼ぶものもいます」

 

 どうやら老人は、英語圏の住人らしい。

 日本語の時とは比べ物にならないほど流暢な言葉使いだった。

 深く良く響くその声は私に子供の頃通った教会の神父を思い出させた。

 

 老人、いやイワンさんは握手を求めるようにこちらに手を差し出した。

 それは私が見慣れた裕福な老人達の手とは似ても似つかない代物だった。

 大きな手だった。

 分厚い手だった。

 鉄と火で鍛えられ、数え切れないほどの傷に覆われた戦士の手だった。

 

 一瞬ためらった後、私は一回り小さな自分の手を老人の鋼のような掌に委ねた。

 その武骨な手に相応しい万力のような力で、握り締められると思っていた。

 でも、私の手から伝わったのは包み込むような優しい感触だけだった。

 

 軽く数回シェイクハンドをした後、微かな温もりを残してイワンさんは私の手を開放した。

 不意に表情を引き締め、顔から微笑みを消して言った。

 

「さて、もうお気付きの事と思うが、私は今いささか不愉快な連中に付け狙われている途中でしてな。用心に用心を重ねなければならない身の上なのです。気分を害されるかも知れませんが、貴方が確かに私が仲介業者を通じて紹介された人物であるという証しを見せてもらえませんかな?」

 

 私は頷いて、イワンさんの申し出を快諾した。

 

「もちろん結構ですよ。自分が雇う者の能力を見極めたいと思うのは至極当然の事です。少しお待ちください。私が『あの病気』で授かった力をお見せ致しましょう」

 

 先ほど交わした優しい握手のおかげか、初対面の迫力で強張っていた気持ちは大分ほぐれていた。

 今なら依頼人の前で複雑な変身を行っても、失敗を犯す恐れはなさそうだ。

 

 深呼吸を通して心身をさらにリラックスさせる。

 イワンさんに良く見えるようにスーツの上着を脱ぎ、シャツの袖のボタンを解いて肘まで捲りあげた。

 

 そして、集中。

 精神を細く小さく絞り込む。もう意識しなければ気付かないほど自分の体と一体化した『外装』を瞬時に開放し、瞬時に交換した。

 

 染み一つない乳白色の皮膚が日焼けをしたように褐色に染まったかと思うと、さらに色合いを深めて黒檀のようなネグロイドの皮膚に変わる。

 続いて獣のような剛毛がフィルムの早回しみたいにスピードで生えて来て、黒い皮膚をその下に覆い隠した。

 獣毛が退くと、下からしなやかな乙女の繊手が現れ、乙女の腕は縮んで今度は子供の小さな手に変わった。

 

 千変万化、自由自在。

 カードをシャッフルするみたいに目まぐるしい速さで腕の『外装』を切り換えて行く。

 私以外にも変身能力を持つ能力者は、たくさん存在する。

 しかし、私以外にこれほどの変身速度とバリエーションを持つ者は見た事がない。

 

 自分の手際に気をよくした私は最後にちょっとだけ悪戯をして見ようと思った。

『外装』の交換を突然やめた。

 様々な変身を繰り返した私の腕が最後に取った姿はさっき握手をしたばかりのイワンさんの手。

 武骨な手の傷や皺までも完璧に再現して見せた。

 

 少しやり過ぎたかなと思いながら、イワンさんの顔を伺う。

 私がこの悪戯を披露した時、相手の反応は大体二つに分かれる。

 嫌悪を覚えて拒否反応を示すか、無邪気に喜んで楽しむかだ。

 今回帰って来た反応はそのどちらでもなかった。

 

 イワンさんの顔は無表情を保ったままだった。

 しかし、自分の能力のせいで他人の表情に敏感になっていた私は一瞬、イワンさんの顔を過ぎった感情の兆しを見逃さなかった。

 

 嫌悪感を伴ってはいないけど、

 これは恐れ?

 それから不安?

 イワンさんのような強そうな人が一体何を怖がっているのだろう?

 

 胸に疑問を残したまま、私は腕をそっと撫でて、元の形に戻した。

 イワンさんはしばらく沈黙し後、

 

「『極光(オーロラ)』さん、始めて貴方の事を耳した私はまだ半信半疑でした。だが、今こうして実際に顔を合わせて、言葉を交わした後、私は信じかけている……私の望みにはあまりに多くの困難が伴う。しかし、貴方ならば或いはその望みを現実のものにしてくれるのかもしれない、と」

 

 イワンさんの話を聞きながら、私は心の中で首をかしげた。

 妙に頭に引っ掛かる台詞だった。

 特に『困難な望み』という言葉が好奇心を刺激する。

 最初はこの仕事の周りに漂うきな臭い匂いに腰が引けていたけど、今私はイワンさんという人物に、そして彼の言う『希望』について興味を抱き始めていた。

 彼が私をどんな人間に変身させたいのか、知りたくなったのだ。

 

 老人の口元はまだ微笑の名残りを留めていた。

 しかし、彼の眼は既に笑っていなかった。

 エメラルド色の瞳は突き刺さるほど真摯な視線を私に投げかけている。


 両肩に山のようなプレッシャーを感じた。

 でも、この圧力に負けたら、この人の信頼を得ることは出来ないだろう。

 圧し掛かるプレッシャーを跳ね返すために背筋を伸ばし、胸を張ってイワンさんの言葉に答えた。

 

「イワンさん、私は貴方のご依頼について詳しい話はまだ聞かされておりません。しかし、ここだけの話ですが、私は以前治安の悪い祖国で軍事活動に携わっていた事があります。貴方の言う『望み』がどれほど『困難』なのかは知りませんが、私が経験してきた『困難』がそれに劣るとは思えません」

 

 少し傲慢に聞こえるかもしれないが、今の台詞は決して誇張ではない。

 かつてレジスタンスとして活動していた頃、私は戦友達と一緒に桁違いの物量を誇る政府軍相手に何度も無謀としか思えない作戦をこなし、その度に奇跡的な勝利を飾って来た。

 目の前で息苦しいほどの存在感を放つ巨人に圧倒されないために。

 その時、培ったありったけの矜持と誇りを視線込めた。

  

 イワンさんは私の瞳をじっと覗き込み、何事かを口にしかけた。

 しかし、途中で思い直したのか、一端口を閉じ、数秒考え込んだ後に再び口を開いた。

 

「なるほど……確かに軍とは、理不尽な命令や過酷な現実とは切り離せない存在だ。私も昔、軍に所属していたから貴方の言う事は良く分かりますよ。今回、最も危惧していたのは貴方が降り懸かる危険を恐れて、私の依頼を断る事でしたが、どうやらそれは杞憂に終わったようですな」

「ええ、祖国にいた時は危険なんてもう家族の一人の、よう、な……」

 

 喋り掛けの言葉を急いで喉の奥に引っ込めた。

 え? 何?

 こ、このお爺ちゃん、今さらりと何か不穏当な台詞を吐きませんでしたか?

 

 ちょっと顔を覗かせた好奇心はあっという間に精神の水面下に頭を引っ込めた。

 代わりに怪物のような恐怖と混乱が姿を現し、第六感が狂ったような警鐘を打ち鳴らした。

 しかし、イワンさんはそんな混沌とした私の内心など知らぬげに言葉を続ける。

 

「戦場という異常な環境において勇敢な振る舞いをする事はたやすい。しかし、平和な日常を捨ててまで危険の中に飛び込んで行くものは少ない。『極光(オーロラ)』さん、今回の依頼を心良く引き受けてくれた貴方の勇気はまさに賞賛と敬意に値し」

「ちょ、ちょっと待って下さい!!」

 

 慌ててイワンさんの言葉を遮った。

 もう礼儀なんか気にしている場合じゃなかった。

 

 困難?

 危険?

 おまけに勇気と来たもんだ!

 特に最後の二つがお年寄りの世間話とどんな関係があるのか見当も付かない!

 

 このホテルに入った時から感じていた胸騒ぎは今や嵐のような動悸となって肋骨を内側から叩きまくっている。

 気を抜けば悲鳴みたいに甲高くなりそうな声を必死に押さえながら聞いた。

 

「あ、あのお褒めの言葉をいただいた後で恐縮なのですが、確認のために今回の依頼の詳細を教えていただけません?」

 

 2回も私に言葉を断ち切られたにも関わらず、イワンさんは特に気を悪くした様子もなく、鷹揚に頷きながら、

 

「私の依頼についてはブローカーを通して説明しているはずですが。まあ、お互いの認識を一致させるために、私自身の口からも一度お伝えした方が良いでしょう。私、イワン・イリヤノウィッチ・イワノフは現在自分を狙う殺人請負業者――まあ、平たく言えば殺し屋どもに対する対抗策の一環として、貴方に私の『影武者』となる事をお願いしたのだが、何か気になる点はありましたかな?」

 

 大有りだった……。

 というかそんな話は全然聞いていない!!

 

 何これ?

 どういう事?

 何故安全と堅実をモットーとする私の元にこんなハードボイルドな依頼が舞い込むわけ?

 こんな事態を避けるためにブローカーに高いお金を払って仕事の仲介を頼んでいるのにっ!!

 

 うう、視界が回るぅ……。

 急に血が昇ったせいで頭がクラクラして来た。

 

「大丈夫ですかな、『極光(オーロラ)』さん! かなり具合が悪そうですが」

「は、はい。少し目眩が……すみませんけど、お手洗いを貸していただけませんか?」

「もちろん結構ですぞ。トイレとバスルームはこちらです。さあ、どうぞ」 

 

 心配そうなイワンさんに導かれるままに私はバスルームの中に雪崩込んだ。

 ここのトイレの内装は、相変わらず眩いぐらいにゴージャスだが、今はゆっくり観賞している暇はあまりない。

 

 懐に手を突っ込んで携帯電話を取り出した。

 リボルバーの拳銃に弾丸を込めるような気持ちで電話番号を叩き込む。

 

 あの紹介屋め!

 良くも私の信頼を裏切ったな!

 返事のいかんによっては二度と仕事続けられないような体にしてやるんだから!!

 

 焼ききれそうな怒りと焦燥感を感じながら、電話が繋がるのを待った。

 そして、今繋がった。

 相手の声も聞かずに、開口一番、装填済みの言葉の弾丸を叩き込む。

 

「もしもし、今依頼人に会って来たんだけど、あれどう言うこと! 話が全然違うじゃないの!」

「あらぁ? 随分とお冠の様ね。何か問題でも有ったのかしら?」

「大有りだよ! あんな依頼だなんて知らなかったし、大体影武者みたいな危ない仕事はやらないって、最初に……言った……じゃな」

 

 抗議の声が徐々に小さくなりながら、喉の奥へ消えていった。

 頭の天辺まで上った血の毛が一瞬でストンっとつま先まで退いた。

 真っ白になった頭がナメクジみたいな速さで事態を理解していく。

 

 1、 私がいつも使っている紹介屋は中年の男。

 2、 でも、今電話から聞こえる声は若い女のもの。

 3、 って言うか、私の良く知っている声だし、一度聞いたら絶対に忘れられない声だしっ!!

 

 ああ、なんて言う事!

 私はまたしてもあの魔女の罠に嵌ってしまったというのか!?

 依頼とか、仕事人とか、そんな人間の常識じみた考えは一瞬で頭から吹き飛んだ。

 一刻も早くこの場から逃げて逃げて逃げて逃げなくちゃ!!

 

 返事も言わずに携帯を内ポケットに叩き込み、体当たりするような勢いでバスルームの中から飛び出した。

 予想よりかなり速く姿を表した私にイワンさんが驚き、目を丸くする。

 

「どうしたんですか、『極光(オーロラ)』さん。トイレの調子でも悪かったのですか?」

「いいえ、トイレの具合は大変よろしゅう御座いました! そして、すみません! 体調不良のため、今回の依頼はお断りさせていただく事にしました! あしからず!」

 

 今、トイレの中で何をしていた?

 体調不良と言うが、一体何処が悪いんだ?

 と言うかあんた元気一杯じゃないか、等等……。

 多分突っ込みたい事が山ほどありそうなイワンさんの側を脇目も振らずに走り抜けた。

 

 うう、ごめんなさいイワンさん!

 貴方はかなり素敵なお爺ちゃんだけど、私には養わなくちゃいけない妹がいる!!

 いくら報酬が高額でも、ここで命を落とす訳にはいかないのだ!!

 

 さっき電話でこっちの様子は、あいつに伝わってしまった。

 あの魔女は、今ここへ向かっているはずだ。

 いや、もうこのホテルの中にいると考えた方が良いだろう。

 

 ならばここは、既に最上級が付くほどデンジャラスな場所だ!

 私の警戒レベルはレッドゾーンを、遥かに飛び越え、ゴールドの領域に達しようとしている!

 これ以上この場に留まり続ける事は、体中に鮮血滴る生肉をぶら下げながら、鮫がうようよいる海に遠泳に出かけるのと同じくらい無謀な行為だ。

 

 くうぅ、ホテルの正門をくぐる前から嫌な予感がしていたのに。

 あの時逃げていれば、こんな事にならずに済んだのに!

 ああ、私の馬鹿馬鹿お馬鹿!

 

 っと、駄目だ!

 今は後悔に浸っている場合じゃない。

 まずは逃走のための経路を具体的に定めないと!

 

 まずエレベーターは論外。

 階段も多分見張られている。

 となると残された逃げ道は、ただ一つ、窓しかない!

 

 しかし、窓と言っても、この部屋の窓は多分駄目。

 イワンさんが暗殺者に狙われているのなら間違いなく防弾加工が施されているはずだし、下に見張りがいる可能性が高い。

 逃げ出すなら廊下の窓だ!

 

 ここから地面まで高さは6メートル弱。

 だけど、『強化人類(イクステンデット)』の私にとっては1メートルの段差と変わりない。

 

 一度心を決めたのなら、後はただ駆け抜けるのみ。

 日頃、養って来た習慣の賜物。扉から廊下の窓までの道筋は完璧に記憶している。

 具体的な距離も大体分かるし、その距離から逃走に要する時間も推測できる。

 扉を開けるのに1秒。

 外に出て窓に取り付くのにこれまた1秒。

 窓の鍵を2秒以内に片付ければ、合わせて5秒で私は外に飛び出しているはずだ。

 

 自由と安全への第一ステップ。

 この部屋の扉を体当たりするように押し開けようとして、

 

 ―――失敗した!

 

 部屋の外にいた誰かが、私より速く扉を開けたのだ!

 ドアノブが私を嘲笑うように遠ざかっていく。

 慌てて足を止めようとした。

 しかし、一度勢いの付いた体は簡単には止まらない。

 私は、自分の脚に躓くように扉の外に飛び出した。

 

 瞬間、視界の端を流れる薔薇色の閃光!

 

 喉に鉈を叩き付けられたみたいな重く鋭い痛みが走る。

 カウンター気味に叩き込まれた見事なウェスタン・ラリアート。

 衝撃に体が一瞬宙を浮き、視界と思考が同時にブラックアウトした。

 

 次に気が着いた時、私は誰かの腕の中にしっかり抱きしめられていた。

 この角度から相手の顔は見えない。

 しかし、頬に押し当てられたかなり控えめな膨らみから、腕の主が誰かなのかすぐに推測する事が出来た。

 いや、それ以前にあたりに漂う独特の香水の匂いは忘れようが無い。

 恐る恐る顔を上げた視線の先で、

 

「はぁい♪ お久しぶり、『極光(オーロラ)』。今日の顔は随分とハンサムね」

 

 我が悪友、妖香の魔女にして最悪の傀儡廻し、『華神フローラ』が満面の笑みを浮かべながら私を見下ろしていた。


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