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射手座の矢 ACT8(完結)

この作品は作者が舞氏のHP、「ARCADIA」と自分のHP「たわごと御殿」に掲載しているものを再度投稿したものです。

 

 

 戦いは一瞬の内に終わった。

 そして、その勝敗は僅かな差で決まった。

 

 

 今の地点から相手に致命傷を与える事は困難。

 そう判断すると『射手座(サジタリウス)』はためらいもなく、今まで身を隠していた狙撃壕から飛び出した。

 直後、『雷撃(サンダーストライク)』が放った一撃が狙撃壕を直撃!

 音速の十数倍まで加速した弾丸が先ほどまで彼がいた場所を木っ端微塵に打ち砕く。

 

 手に持ったレールガンが不意に軽くなった。

 ちらりと視線を送る。

 レールガンとケーブルで繋がれていた発電機が跡形もなく破壊されている事に気付いた。

 

 だが、まだ大丈夫。

 レールガンの他に予備のバッテリーが付いている。

 その電力を使えば後一発は撃てるはず―――

 

 深層心理のはるか奥で、動物的な危機察知能力が猛烈なシグナルを鳴らす。

 鍛えぬかれた肉体と異能力が思考よりもはるかに速く肉体を疾駆させる。

 鉄骨に足跡が残るほどのパワーで床を踏みしめ、右方向へ跳躍。

 僅かにコンマ一秒の差で獲物を見失った弾丸が体のすぐ側を通過した。

 

 外れたとは言え、マッハを優に超える速度。

 プラズマを纏った弾丸は直撃せずとも強烈な殺傷力を発揮する。

 

 叩き潰された大気の層が衝撃波となって体を鞭打つ。

 皮膚が破れ、毛細血管は弾け、血が霧となって宙に舞う。

 さらに人体の限界を越えた運動のせいで左半身の足首と膝と腰の骨に亀裂が走り、筋肉が至る所で断裂した。

 

 地上のあらゆる銃器をはるか彼方に抜き去った『雷神の矢』。

 ただ、回避するだけでも相手に重傷を強いる圧倒的な破壊力。

 だが、その銃口を前にしても『射手座(サジタリウス)』の闘志は一ナノグラムも損なわれる事はなかった。

 

 数え切れないほどの傷と引き換えに彼は狙っていた場所に辿り着く事ができた。

雷撃(サンダーストライク)』の装甲と磁界の隙間を突く事ができる絶好のスナイプポイント!

 もう上手く立てない体でビルの鉄骨に寄り掛かり、銃を構えようとしたその時―――。

 

 変化球のような軌道を描く最後の弾丸が真横から鉄骨ごと彼の体を撃ち抜いた!

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 戦いは一瞬の内に終わった。

 そして、その勝敗は僅かな差で決まった。

 破れるほどきつく唇を噛み締めながら、『雷撃(サンダーストライク)』は思った。

 

 ―――私の負けだ。

 

 二発の弾丸で相手を追い込んでから放った会心の一撃だった。

 しかし、慣れない姿勢から狙撃したせいか。

 或いは鉄骨という障害物が有ったせいか。

 彼女の放った弾丸は相手を一撃で即死させる急所から僅かに外れてしまった。

 

 止めを刺そうにも弾倉はすでに空。

 生体レールガンに弾を補給する副脚は最初の一発で破壊されている。

 絶望が膜のように眼を覆う。視界に映る全てのものを闇で閉ざされようとしていた。

 

 奈落の縁にいる『雷撃(サンダーストライク)』を辛うじて支えていたのは脳裏に浮かぶ夫の顔だった。

 彼にもう一度会いたい。

 ちゃんと別れを告げたい。

 こんな形で死ぬのは耐えきれない!!

 

 吐き気を催すほどの執念が絶望と諦観を押し返す。

 装甲の後ろで身を縮めながら、瞼を閉じて目に見えるものすべてから逃げ出したいという衝動と必死に戦った。

 

 そうだ!

 諦めるのはまだ早い!

 同じように向こうも弾を切らしているかもしれない。

 傷のダメージで『彼』が弾を外す事だって十分有り得る。こうやって耐え忍んでいれば警察の生き残りが援護してくれるかも!

 

 そんな藁にも劣る希望に縋りながら、超音速の弾頭が自分の体を打ち据える衝撃に備えた。

 だが、一秒が経ち、二秒が経ち……。

 三秒経って、彼方の銃声が耳に届いても何も起こらなかった。

 そして、その後もずっと彼女が覚悟していたその時が訪れる事は決してなかった。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 それから五分後、遅れてやって来た救急隊が屋上で惚けていた『雷撃(サンダーストライク)』を保護した。

 屈強な救急隊員たちは『蛇神(ヴリドラ)』の死体をボディーパックに詰めて死体置き場へ。

 死体のような眼をした『雷撃(サンダーストライク)』を担架とヘリで救急病院に運び込んだ。

 一方、生き残りの警備隊はアームストロングの指揮で建設現場に突入。

 そこで大統領狙撃犯と思しき死体を発見した。

 

 鑑識班による現場検証はまさに驚きの連続だった。

 二マイルを越える前人未到の超長距離狙撃の痕跡。

 音速の十倍に達する生体レールガンの着弾痕。

 そして、見た事もないような異形のライフル。

 

 だが、彼らを最も驚かせたのは現場に転がっていたもう一丁のライフル。

 真紅の血脈ウェイトリー・スペシャルの末子『ディアブロ』だった。

 

 後に現場にいた鑑識官はその伝説の逸品を手に取った時に床に倒れている男の正体を悟ったと語っている。

 しかし、それほど老練な鑑識官でも『彼』が最後の一発を何故外したのか、その最後の弾丸がどこへいったのか、探り出す事は終にできなかった。

 

 これらの情報を『雷撃(サンダーストライク)』は病院のベッドで聞いた。

 何よりも大事にしていた思い出の対象を自分の手で撃ち砕いた事を知った。

 不思議な事に、何の感情も沸いてこなかった。

 

 あの凍て付くような戦いの後、彼女はひどく曖昧な精神状態に陥った。

 眼に映るものはまるで霧のように頼りなく。

 耳に届く言葉はまるで小鳥の囀りのように無意味なものに聞こえた。

 

雷撃(サンダーストライク)』が病院にいる間、唯一正気に戻ったのは『蛇神(ヴリドラ)』の家族が彼女を見舞いに来た時の事であった。

 まだ、未成年の妹と幼い子供たちは深々と頭を下げて『蛇神(ヴリドラ)』の敵を取ってくれた事を彼女に感謝した。

 

 鋭いナイフのような罪悪感が蘇った。

 臓腑を抉る痛みに涙が滲む。

 違う、と言いたかった。

 違う、貴方たちの姉が、母が死んだのは私のせいだ。

 私があの山荘に行かなければ……。

 私が『彼』に会わなければ、『蛇神(ヴリドラ)』は死ぬ事は無かったのだ。

 そうあの子たちに教えてあげたかった。

 

 だが、『雷撃(サンダーストライク)』が口を開くよりも早く、患者が興奮状態に陥った判断した看護婦は子供たちを返してしまった。

 感情のはけ口を失った彼女は形にならなかった言葉を飲み込んで、再び霧の世界に戻った。

 

雷撃(サンダーストライク)』が夢と現の間を彷徨っていた頃、彼女を取り巻く情勢は嵐のように激しく流動していた。

 

 大統領狙撃事件の犯人が『強化人類(イクステンデット)』だと分かった時。

 最初に行動を起こしたのは保守派を中心とする反イクス主義者たちだった。

 彼らはこれを切っ掛けに悲願だった異能者の強制登録、強制隔離政策を議会に提出しようとした。

 

 しかし、間もなく狙撃犯がアメリカの退役軍人で、しかも伝説の英雄とまで呼ばれた男だと言う事が判明した。

 数多くの軍人が参加している反イクス派にとって、これ以上この事件を追及する事は天に唾するに等しい行為となった。

 差別主義者たちは振り上げた拳を下ろす場所を見失ってしまった。

 

 反イクス派が沈黙すると、彼らのライバルが狙撃犯を倒した『雷撃(サンダーストライク)』を表彰するべきだと主張し始めた。

 それに対して大統領の側近が「大統領を狙撃しようとした犯人と同じフリークスを表彰するのか?」と爆弾発言を投下。

 当然のごとく、その迂闊な発言にアメリカ在住の『強化人類(イクステンデット)』たちは大爆発!

 そして、『雷撃(サンダーストライク)』がアメリカ国籍を持たない所謂用心棒だった事が事態の混乱にさらに拍車を掛けた。

 

 FBIは何とかこの事件の背景を明らかにしようとした。

 しかし、最も重要な証人が言葉も喋れない状態だったため、捜査は遅々と進まず、その間情勢は悪化の一途を辿った。

 

 結局、混迷を極める事態を治めたのは皆の嫌われもの、ClAだった。

 情報戦のプロたちはまるで芸術家のように緻密かつ大胆指使いで事態を操作。

 あるべきものをあるべき場所へ移し、有り得ないものを闇の中に葬った。

 

 かくして、墓場から蘇った戦士は再び伝説の中へ戻っていった。

『彼』がいた場所にはロシア人の狙撃犯『ボルジャーノン』の名前があった。

 そして、CIAのエージェントたちは隠蔽をより完璧なものにするべく、真相の一部をわざとマスコミに流した。

 

 冷酷なロシアの暗殺者と美しい女スナイパーの対決。

 まるでハリウッド映画みたいな刺激的な話題。

 これほど合衆国民の血を熱く沸き立たせるものが他にあるだろうか?

 

 たちまち沸き上がる興奮の台風は老若男女を巻き込んで全米を席巻する!

 新聞やテレビを始めとするメディアが毎日同じようなニュースを繰り返す。

 ネット上では九十九パーセントのデマと一パーセント以下の真実が飛び交った。

 最後にはとうとうハリウッドでこの事件を本当に映画化する話まで持ち上がった。

 

 もはや普通人と異能者の確執とか、事件の真相と言った詰まらない事に気を配る輩はいない。

 事件に群がっていたハイエナたちはこの空前のブームに喰らいつく事で頭が一杯だった。

 

 首尾よく情報操作に成功したCIAは次に『雷撃(サンダーストライク)』本人にも手を出そうとした。

 しかし、その企みは太平洋を飛び越えてやって来た『華神(フローラ)』によって阻止された。

 薔薇色のトリックスターはエージェントたちの顔に医師の診断書と大統領直筆のサインが入った書類をたたき付けると有無をいわさず、『雷撃(サンダーストライク)』を日本に連れ帰った。

 

 途中で『華神(フローラ)』からアロマテラピーを受けたお陰だろうか。

 帰りの飛行機の中で『雷撃(サンダーストライク)』は断片的に意識を取り戻し始めた。

 しかし、バラバラになった彼女の心と記憶が一つにまとまったのは、空港で夫に再会した後だった。

 

覇王(タイラント)』はほとんど徹夜で妻の帰りを待っていた。

 ピアスと刺青で覆われた魁偉な顔は心労と寝不足で見る影も無く消耗していた。

 三メートル近くある巨体ががっくりと肩を落としているせいで二周り以上も小さく見えた。

 

 妻が飛行機から降りた途端、『覇王(タイラント)』は地面を揺らしながら走り出した。

 そして、パニック状態でタラップにしがみ付く乗務員たちを尻目に『雷撃(サンダーストライク)』の痩せた体を抱きしめた。

 

 夫の温もりを感じた瞬間、『雷撃(サンダーストライク)』は自分を囲む霧に切れ目が入るのを感じた。

 残酷すぎる現実から自分を守るために、積み上げた堤防が音を立ててひび割れる。

 溜め込んだ感情が涙となって目から溢れ出した。

 

 泣いて、泣いて、泣きつづけた。

 家に帰る前も、帰った後も。

 喋っている時も、黙っている時も。

 眠っている時も、起きている時も。

 一瞬も涙が途切れる事は無かった。

 その様子はまるで体中の水分を吐き出して緩慢な自殺を行っているようだった。

覇王(タイラント)』は何も言わずに泣きつづける妻のため、食事を作り、風呂を沸かし、体を洗って、話を聞き、そして片時も離れず彼女の側に寄り添った。

 

 そして、帰国してから三日目の深夜、ちょうど日付が変わろうとする頃。

 目を覚ました『雷撃(サンダーストライク)』は自分の涙がついに止まった事を知った。

 まるで、長い間見ていた悪い夢からようやく開放されたような気分だった。

 傍らには彼女が眠るまで付き添ってくれた『覇王(タイラント)』の寝顔。

 眠る夫の頬にキスしようとした瞬間、部屋の中がとても明るい事に気付く。

 

 光源を探して、顔を上げると窓越しに輝く月が目に入った。

 ケイロンと始めて会った夜に光り輝いていた丸い丸い満月。

 十一年前と同じ白い光を浴びながら、あの夜の出来事を思い出そうとした。

 

 瞬間、張り裂けるような痛みが心に突き刺さる。

 かつて優しい思い出が納まっていた場所にあったのは真赤な傷口。

 戦いの中で『彼』が自分の魂を弾丸に変えて貫いた深紅の虚無であった。

 

『彼』はこの闇に、虚無に負けたのだ。

 激しく痛みを生み出す心臓を抑えながら、そう思った。

 でも、それは別に特別な事ではない。

 きっと生きている人間は誰もが心の中に同じような闇を飼っている。

 しかし、普段は外から加わる圧力がその闇を押さえつけているのだ。

 家族や友人、社会という名の圧力があるから人は人間と言う名のケモノとして生きていく事が出来る。

 

 長い間、山中の屋敷で孤独な時間を過ごしていた『彼』はその圧力が酷く弱くなってしまったのだろう。

 闇に対する抵抗力を失った『彼』は自分の中の闇に飲まれ、虚無そのものになってしまった。

 

 ―――だけど、私は負けない。

 

 顔を上げ、無慈悲に自分を見下ろす白い月の面を見ながら誓った。

『彼』が刻み込んだこの傷は決して癒える事はない。

 生み育て上げたこの闇は今後も自分を無へと誘いつづけるだろう。

 だけど、どんなにこの傷が痛もうとも、耳元に囁く闇の声が甘くても。

 私を愛するものがいる限り、私が私である事を望むものがある限り、決してこの虚無には負けない。

 だから―――

 

 さよなら、ケイロン―――。

 

 私は貴方のようにはならないわ。

 

 瞼に移る『彼』に別れを告げ、静かに幼年時代の棺の蓋を閉める。

 規則正しく上下する夫の胸に頬を寄せながら、『雷撃(サンダーストライク)』は再び夢の無い眠りの中に心を投じていった。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 ―――ああ、静かだ……

 

 死への坂道を転がり落ちながら、彼は酷く穏やかな気分だった。

 血と体温は絶え間なく体から流れ出しているが、心はかつてない程満たされている。

 

 遺す事が出来た、と思った。

 職人のように何かを作る事は出来ず。

 芸術家のように人の心を動かす事も出来ず。

 ただ殺し、奪う事しか出来なかった自分が、何かを遺す事に成功したのだ。

 

 では具体的に何を残したのかと問われれば、言葉にする事は難しい。

 だが、言葉を超越した次元で、彼は自分の全てが彼女に伝わった事を感じた。

 決して消えない形で、自分がこの世界に存在した証明を遺す事が出来たのだ。

 

 後は彼女が自分と同じ轍を踏まない事を祈るしかない。

 だが、あの子ならきっと自分が躓いたところを飛び越えてくれるだろう。

 今日の戦いで自分から勝利と生存をもぎ取ったように―――。

 

 満足だった。

 この満ち足りた心のまま死を迎えたかった。

 しかし、ふと自分の弾装にまだ銃弾が残っている事に気付いた。

 

 しまった!

 このままでは死に切れない。

 銃弾を残したまま死ぬのはガンマンの恥だ。

 何より、ここまで頑張ってくれたライフルに報いてやりたかった。

 だが、あの子以上に最後の銃弾に相応しい標的など存在するのだろうか?

 

 もはや七割以上曇ってしまった視界で最後のターゲットを探す。

 そして、果てしなく広がる青空の果てについに『そいつ』を見つけた。

 

 ああ、これは良い。

 ああ、これは最高だ。

 何故、今までこんなに目立つ標的に気付かなかったのだろう?

 

 口元に微笑を浮かべながら、傾いた塔のように長い銃身を高く掲げ―――

 

 

 

 ―――そして、『射手座(サジタリウス)』最後の矢は真っ直ぐ太陽に吸い込まれて行った。

 

 


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