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バネ仕掛けの英雄(ピエロ) ACT5(完結)

この作品は作者が舞氏のHP、「ARCADIA」と自分のHP「たわごと御殿」に掲載しているものを再度投稿したものです。

 

 首都圏の住む異能者の大半を巻き込んだあの追走劇から約二か月半―――

 

 自分の気持ちを整理して、今夜のミッションに備えるため。俺は再び『バネ足(スプリング・ヒールド)』と戦ったあの路地裏に戻って来た。

 俺たちが壁に開いた大穴は二つとも完全に補修されていた。

 戦いの痕跡はもうどこにもない。

 

 ペンキを塗り終えたばかりの壁が薄汚れた風景の中で妙に浮いて見える。

 俺はその死化粧のように蒼白い壁面を見ながら、この二か月半の間に起きた出来事を振り返った。

 

 ミオちゃん。

バネ足(スプリング・ヒールド)』か命をかけて守ろうとした少女はあの後、すぐ『華神(フローラ)』が見つけて保護した。

 俺たちは少女と一緒にいた吉野ちゃんの口から、始めて事件の詳しい背景を知った。

 

華神(フローラ)』の行動は迅速を極めた。

 首都圏にいる配下の『傀儡』たちを総動員して、十分足らずの内にミオちゃんたちを安全な場所へ移動。

 重要な証人である『喜劇役者(コメディアン)』の身柄を確保。

 全員死亡した事にして、その生存を『公爵(デューク)』の目から完璧に隠蔽した。

 

 その間、俺は一人で黙々と現場で証拠隠滅に勤めていた。

 要するに目に付く全てのものをぶち壊したのだ。

バネ足(スプリング・ヒールド)』との戦いで少々気がたっていた俺にはちょうど良い仕事だった。

 

 そして、ミオちゃんたちは公式的には俺の能力で跡形もなくこの世から消滅した事になった。

 事件の後、『バネ足(スプリング・ヒールド)』たちを殺した事で俺に嫌味を言ったり、非難の視線を向ける仲間は結構いた。

 だが、ミオちゃんたちが生きている事に気がついた者は一人もいなかった。

 

 殺す事と壊す事にしか使えなかった俺の能力が始めて人を生かす事に役立ったのだ。

 その感激に比べれば、ちょっと嫌味な言葉や視線なんて大した事じゃない。

 

 それからは調査と再確認の連続だった。

公爵(デューク)』は『山猫(リンクス)』程の千里眼の持ち主ではなかったが、あらゆる電子記録を直接読み取る能力を持っていた。

 奴は知力や戦闘力、人間力に関しては他の幹部会のメンバーに及ばなかった。

 しかし、ハッキング能力に限って言えば国内で『公爵(デューク)』の右に出るものはいない。

 

 そのせいで、情報収集にデジタル器機を一切使う事ができなかった。

 ペンや紙と言ったアナログな道具に頼るしかなかったため、調査は遅々として進まなかった。

 しかし、一ヶ月に渡る粘り強い情報戦の末に『華神(フローラ)』はついに敵の尻尾を掴んだ。

公爵(デューク)』が取引をしていた非合法組織の大まかな全体像を捉え、奴の汚職の揺ぎ無い証拠を握った!

 

華神(フローラ)』はその証拠を幹部会に提出。

 そして、オセロの終盤のような逆転劇が始まった。

公爵(デューク)』は奴を除く幹部会全員を敵に回したのだ。

 

 飢えた狼のように四人の超人たちは猛然と獲物に躍りかかり、ありとあらゆる情報を貪った。

 わずか数日の内に『公爵(デューク)』はすべての秘密を失った。

 今あいつには毛一本分のプライバシーも残されてはいない。

 EX=Sensitiveを敵に回したらどうなるかという良いサンプルだ。

 

 超感覚能力者たちの情報戦はあまりに巧みに、静かに行われた。

 そのせいで『公爵(デューク)』は包丁の名人に活け作りされた魚みたいにまだ自分が死んだも同然の身である事に気付いていない。

 だが、今夜奴は思い知るだろう。

 自分が獅子の口の中で踊るウサギにすぎなかった事に。

 

 人身売買を行って来た非合法組織と『公爵(デューク)』の一党。

 双方を討伐、殲滅するべく密かに招集された戦闘部隊が今夜解き放たれる。

 

 そして、『公爵(デューク)』を強襲するのは海外から帰って来たばかりの『(タートル)』と幹部会の重鎮、『護国寺のご老体』だ。

 もともと『公爵(デューク)』は『ご老体』の推薦で幹部会に入った。

 今回の一件は『ご老体』にしてみれば飼い犬に手を噛まれたようなものだ。

 噂じゃあの言葉ではちょっと説明しがたいヘアスタイルが怒りの余り本当に天に向かって逆立ったらしい。

 

 最強と名高い残虐超人と怒り心頭の妖怪婆さん。

 化け物二匹の相手をする羽目になった『公爵(デューク)』がどんな悲惨な末路を辿るのか。

 貧困な俺の想像力じゃちょっと予想できそうもない。

 俺にもはっきりと分かるのは腐敗した幹部という弊害がなくなって、俺たちの社会が随分と風通しが良くなったという事だ。

 

 今まで俺たち『強化人類(イクステンデット)』には警察に当たる治安維持組織がなかった。

 規律を乱した仲間の捕縛や処分には『始末屋(イレイザー)』と呼ばれる自警団が当たっていた。

 この『始末屋(イレイザー)』たちは悪く言えばでっかい鉄砲や大砲を持った素人たちでしかなかった。

 戦闘力はあっても捜査能力はなかったせいで、犯罪行為の抑止力としてあまり有効的とは言えなかった。

 

 彼らの手に負えない『百目(アルゴス)』のような知能犯や海外のシンジケートなどには『華神(フローラ)』や『冥府送り(カロン)』たち幹部が直接対応するしかなかった。

 結果、幹部会の仕事が大幅に増えた。

公爵(デューク)』はそれを自分の背信行為を覆いかくす隠れ蓑に使って来たのだ。

 

 もともと『始末屋(イレイザー)』自体、EX=Geneが発覚したばかりの頃に暫定的な作られた治安制度だった。

 発症による事件が沈静化した後、地道な捜査を行う正式な警察組織が渇望されていた。

 それができなかったのは異能者たちが組織立った武力をもつ事を嫌う普通人や『公爵(デューク)』から横槍が入ったせいだ。

 しかし、お邪魔虫がいなくなった今、事態は大きく前に向かって進み始めた。

 

華神(フローラ)』の話によると年内に『始末屋(イレイザー)』の制度は廃止されると言う。

 その後に合法的な捜査権を持ち、人間の警察と連携して『強化人類イクステンデット』の犯罪に対応する新しい自警団が作られる。

 新しい組織の長には、元ロシア連邦参謀本部情報総局に勤めていたあの『砂男(サンドマン)』が就任するになっている。

 

 雑草の葉っぱを毟るだけじゃない。

 根っ子まで完全に排除する、皆が待ち望んでいた保安機関がようやくできるのだ。

 

 閉塞感に満ちていた俺たちの現状は少しずつ良い方向へ、少なくとも良いと思える方向へ転がりだした。

 そしてこの動きを作り出したのは、我が身を省みぬ一人の男の勇気。

 

 だが、あいつが払った犠牲もまた大きかった。

 そう、『バネ足(スプリング・ヒールド)』は……。

 今回の真の主役と言ってよいあの男は今……。

 

 

 

 不意に何かが俺の頭上を横切って、日の光を遮った。

 長い手足を持った人影が軽やかに目の前に舞い降りる。

 

 背中で跳ねる長い巻き毛。

 エキゾチックな浅黒い肌。

 しかし、どこか日本人的な容貌。

 真白な歯がキラリと光らせ、そいつは俺の感傷を地平線の果てまで吹き飛ばすような明るい声で言った。

 

「よう、兄弟。元気?」

「それは俺のセリフだぞ。一か月前まで生死の狭間を反復横飛びした奴がこんなところを出歩いて良いのか?」

「ひひひ、体の調子ならバッチリだぜ。お前に切られたお陰で両足がちと縮んじまったが、俺は足が長過ぎるぐらいだからぜんぜんOK。今なら飛行機のエコノミークラスでも足が伸ばせそうだぜ」

「うう、お前の足が長いのは分かってるから、そんなに見せびらかすな。どうせ俺は日本人らしく胴が長くて足が短いですよ。それで、今回はなんで病院を抜け出したんだ? また、看護婦の胸を触ろうとして吉野ちゃんを怒らせたんだろ?」

 

バネ足(スプリング・ヒールド)』が額にぐっとシワを寄せ、如何にも心外そうな顔を作り、

 

「失敬な。いくら俺がこよなくボインを愛し、朝と昼と晩に世界のボインへ五回の礼拝を欠かさないとは言え、いつもいつも女の胸の事ばかり考えているわけじゃないぞ」

 

 まじめ腐った顔で胸を張りながら言った。

 

「本日は女性の臀部が形作る形而上学的曲線に着いて看護婦の姉ちゃんと語り合ってるところを吉野に見つかってハリツケにされかけたのさ」

「察するに看護婦さんのお尻を触ろうとして、吉野ちゃんにお仕置をくらいかけたんだな? この好き者め! アフリカ系アメリカ人のハーフとか言ってるけど、お前実はラテン系だろ!」

「はははっ、俺は警官時代から真面目一本気で通ってるんだぜ。軽そうに見えるのは、あれだ。輸血の時にイタリア人の血液でも入ったんだろ」

 

 いつも通りの馬鹿話にいつも通りの馬鹿笑い。

バネ足(スプリング・ヒールド)』は命に関わる重傷から奇跡の回復を遂げたように見えた。

 

 しかし、俺は知っている……。

 あの事件が『バネ足(スプリング・ヒールド)』に決して癒しようのない疵を与えた事を。

 一見事件前と同じように振る舞うあいつが永遠に変わってしまった事。

 

 あいつは……

 ああ、あいつは……。

 

 込み上げる涙に目頭が熱くなった時の事だった。

バネ足(スプリング・ヒールド)』が突然懐に手を入れ、新調したばかりの携帯電話を取り出した。

 

「あ、そうだ。切り裂き屋(リッパー)」。良いもの見せてやるぜ♪」

 

 き、来た!

 あれだ!

 嫌な予感に俺は身構え、後ずさる。

 しかし、『バネ足(スプリング・ヒールド)』は俺よりもかなり速い。

 

 退路を塞がれた!

 もう逃げ場がない!

 脳天来な笑顔を浮かべながら、あいつが携帯の画面を俺に突き付ける。

 

「ほら、見ろよ。ミオの成長アルバムの最新画像だ。かぁあいいぞ♪ この年頃の子供ってすごいよな。この前まであんなにガリガリだったのに、二か月間ちゃんと食べて寝ただけでもうむちむちのぷりぷりって感じさ。しかも最近日本語が少し喋れるようになったから俺をパパと呼ぶようになったんたぜ。可愛い過ぎて、いやあもうたまんないでちゅね♪」

 

 ああ、我慢の限界だ!

 俺は滝のように溢れる涙を止める事ができなかった。

 でちゅね♪ってなんだよ!

 音符までつけるなよ!

 昔のハードボイルドなお前はどこへ行ったんだな!

 

 そう―――。

 あの事件で、『バネ足(スプリング・ヒールド)』は変わった。

 いや、壊れたと言ったほうが良いかもしれない。

 偶然助けたあの少女を養子にした時から、性格ががらりと変わってしまったのだ。

 

 昔の『バネ足(スプリング・ヒールド)』は目の前に『巨乳美女の写真集』と一万札を並べられたら躊躇なく前者に飛び付くような奴だった。

 しかし、今あいつの前に『ミオちゃんの写真』と『巨乳美女の写真集』を並べられたら、『バネ足(スプリング・ヒールド)』はまず前者に飛び付いてアルバムに納めた後、写真集を拾いに行くに違いない。

 

 なんてこったい。

 まだ結婚もしていない二十代半ばの男がそんなにパパ業に熱中してどうするんだ!

 目を覚ませ、『バネ足(スプリング・ヒールド)』!

 今のお前は親バカと言うより、ただのバカな親だぞっ!

 

 大体、幼女を携帯の待受画面に設定する事が間違ってる。

 健康な青年男子なら俺のように愛する女性を待受画面にするのが常識ってものだろ!

 

 そんな悲痛な俺の心の叫びもふやけきった『バネ足(スプリング・ヒールド)』の脳みそには届かない。

 あいつは十数枚にのぼる娘の写真を俺に披露した挙句(しかも一枚ごとに詳細な説明が着いてきた。勘弁してくれ!)とんでもない事を抜かしやがったのだ!

 

「なあ、『切り裂き屋(リッパー)』。良い機会だから、お前も待受画面をミオの画像にしろ。『華神(フローラ)』の足だけの待受画面はもうやめろ! フェチは女に嫌われるぞ」

「誰がなんと言おうが俺はこの画面を変える気は無いぞ。これは俺なりのパートナーへの敬意の表現なんだ。上半身を写すのが恐れ多いから、足だけ写したのだ!」

 

 まあ、『華神(フローラ)』の足も大好きなんだけどな。

 この足首の芸術的なくびれがたまらな……じゃなかった!

 

 いかん。

 意識がちょっと魔境に入りかけた。

 この話題はちょっと危険だから会話の方向を変えたほうが良いな。

 

「ところで『バネ足(スプリング・ヒールド)』、お前なんで俺に会いにきたんだ? ちょっと顔を見に来たってわけじゃないんだろ?」

「ああ、もちろん。わざわざお前の顔を見に来るぐらいなら、一日中娘と遊んでるさ」

 

 くっ、相変わらず言いにくい本音をさらりと口にする奴だ。

バネ足(スプリング・ヒールド)』は名残惜しそうに携帯を懐にしまうとにやりと不敵な笑みを浮かべた。

 

「あの事件の関係者が集まって今夜、パーティを開くと聞いてな。主役がいなきゃ盛り上がらないだろうと思って出向いて来たのさ」

「なんだ。知っていたのか。耳聡い奴だな」

 

バネ足(スプリング・ヒールド)』の言う通り、今夜『幹部会』によって選別を受けた戦闘部隊が『公爵(デューク)』や海外のシンジケートなど人身売買に携わった全ての人間を襲撃殲滅する事になっている。

 その部隊の中には『地震(アースクェイク)』や『覇王(タイラント)』、『雷撃(サンダーストライク)』、『飛陰(シャドウファックス)』等あの事件に関わる面子が勢揃いしている。

 

 殺戮と惨殺以外、興味のない『飛陰(シャドウファックス)』は、まあ例外として……。

 恐らく『幹部会』は『始末屋(イレイザー)』の中から『バネ足(スプリング・ヒールド)』に罪悪感を、『公爵(デューク)』に強い敵愾心を持つものたちを選んで集めたのだろう。 

 かく言う俺もその一人だ。

 そのほうが部隊の士気も上がるから、これは驚く程の事じゃない。

 

 俺が本当に驚いたのは、戦闘部隊の名簿の一番最後にあった名前を見た時だった。

 

「『バネ足(スプリング・ヒールド)』よ。パーティの参加者の中に『喜劇役者(コメディアン)』の名前があったんだが、あれってひょっとして……」

「もちろん、俺の推薦さ」

「はあ……いくら元相棒だからって、良く自分を殺そうとした奴を庇う気になったな」

「あの後の尋問で分かったんだが、『喜劇役者(コメディアン)』も本国にいるお袋さんを人質にされて、『公爵(デューク)』たちに脅されていたんだよ。あいつも犠牲者みたいなものだったのさ。だから、襲撃部隊として活躍すれば、あいつの汚名返上に繋がるし、『党』の利益にもなる。殺すのは簡単だけどさ、許して役に立てるほうが俺の好みなんだよ。それにな……」

 

 あいつは親指で自分を指すと、ちょっと照れくさそうに笑って言った。

 

「一回や二回殺されかけただけで、相棒だった奴を見捨てるような小さい男じゃないぜ、俺は」

 

 やれやれ、思ったとおりだよ。

 昔からこいつは馬鹿みたいに頑丈で、柔軟で、とにかくしぶとい。

 その渾名のように強靭なバネみたいな奴なんだよな。

 

 相棒に裏切られて、ちと落ち込んでいるんじゃないかって思ったけど。

 こりゃ心配するだけ時間の無駄だったようだ。

 

「そっか。で、お前どっちのパーティに参加するつもりなんだ。やっぱり恨み重なる『公爵(デューク)』のほうか?」

「いや、俺はシンジケートのほうに参加するよ。ミオに約束したんだ。俺があの子の友達を取り戻してやるって。それに、『公爵(デューク)』の屋敷にはほら、あいつがいるんだろ?」

 

バネ足(スプリング・ヒールド)』の目に一瞬過ぎった恐怖から、俺はあいつが誰の事を言っているのか察した。

 死をも恐れぬ男をここまで震え上がらせる人間はそんなにたくさんはいない。

 

「そういえば、『公爵(デューク)』の屋敷のほうには『(タートル)』が親衛隊を率いてカチコミに行くらしいな……」

「そうだよ。風の噂じゃあ、あの人間最終兵器、やたらとやる気を出してるってそうじゃないか。『公爵(デューク)』はもうお終いだ。あいつの悪趣味なお屋敷と一緒に月までぶっ飛ばされるぜ。俺は巻き添えになるのはごめんだぜ」

「……『(タートル)』も東南アジアから帰ってきたばかりでよくやるよ。俺と『華神(フローラ)』が助太刀に行った時は、一人で戦闘ヘリの部隊を相手に戦っていたって言うのにまだ暴れたり無いのか」

「お、おい、ちょっと待て!」

 

 突然、『バネ足(スプリング・ヒールド)』が大声をあげた。

 俺は驚いて飛び上がりそうになった。

 何事かと『バネ足(スプリング・ヒールド)』のほうを振り向いた。

 もっと驚いた。

 あいつは物凄い顔で俺のほうを睨んでいたのだ。

 

「『切り裂き屋』……お前直接『(タートル)』に会ったのか!?」

「い、いや、何とかっていう無人島の上で、少し擦れ違っただけだ。遠目にチラッとみかけただけで、顔も見ちゃいないよ」

 

 そうかの世界最強の変異能力者と俺は何故か今まで一度も顔を合わせた事がない。

 チャンスは何回か有ったのだが、その度に変なハプニングが起きて俺たちの接触はいつもニアミスに終わるのだった。

 

 今回も俺がおっとり刀で援軍に駆け付けた時には、『(タートル)』がもう一人で十機もいる戦闘ヘリの部隊を半分近く撃墜していたのだ。

 戦闘が終わった後、『(タートル)』は戦闘服のヘルメットが壊れたとか、相方が空挺部隊の手榴弾にやられたとかで俺たちに一回も会わずフィリピンへ行ってしまった。

 

 俺は良いけど、『華神(フローラ)』には一言ぐらい感謝して欲しかったな。

 初対面の俺と違って『華神(フローラ)』は、『(タートル)』と顔なじみのはずなのに。

 それとも『(タートル)』は意図的に俺たちを避けたんだろうか?

 

 以上の経緯をちょっと脚色を交えて、『バネ足(スプリング・ヒールド)』に説明してやった。

 そしたら、あいつ何故かがっかりしたような顔をして、

 

「そうか。そいつは残念だったな、兄弟。ところで話は変わるが、お前の可愛い姪っ子ちゃんは元気にしてるか?」

「いきなり物凄い方向転換だな。一瞬、ついていけなかったぞ。うん、あの子は元気だよ。この間カナダ旅行から帰ってきたばかりさ。あ、そうだ! 聞いてくれよ! 旅行から帰ってきたあの子を出迎えたら、びっくりしたよ! あの子の額に大きなバンソウコがあったんだ! 転んで怪我をしたって言うだよ」

「……どうせ、かすり傷なんだろ。子供には良くある事さ」

「かすり傷でも傷は傷だ! しかも女の子の顔の傷だぞ! 若い内に世界を巡って、経験を積むのは良い事だと思うけどさ。やっぱり死んだ兄貴からあの子を預かった身としては、お嫁に行くまで綺麗な体でいて欲しいんだよね……」

 

 俺は結構真面目に自分の悩みを打ち明けたつもりだった。

 なのに『バネ足(スプリング・ヒールド)』の奴は何故か深々と溜め息をついて、

 

「お前が『(タートル)』に会えない理由が分かったような気がするわ。まあ、気楽に行けや。多分、お前は幸せな一生を送るはずだからさ」

「そ、それってどう言う意味だよ!」

「これ以上聞くな。俺も長生きしたいんだよ。少なくともミオを嫁にやるまではな。そんな事より、俺お前言いたい事があったんだよ」

「はあ……話の流れはさっぱり分からんが、長くなりそうなら喫茶店でも行こうか?」

 

 俺は早速裏路地から移動しようとした。

 立ち話のし過ぎで膝が痛くなって来たのだ。

 しかし、一歩も歩き出さない内に『バネ足(スプリング・ヒールド)』が手を伸ばして俺を引き止めた。

 

「あ、いやわざわざ喫茶店へ行くような話じゃないんだ。大した事じゃないんだけどずっと、ちょっと言いそびれてきたと言うか……」

 

 妙にもったいぶる奴だな?

 でも、俺は大人しく口をつぐんであいつの返事を待った。

 だが一秒経ち、二秒経ち、とうとう十数える程の時間が経っても、『バネ足(スプリング・ヒールド)』は言いづらそうに口ごもったまま、なかなか話を切り出そうとしなかった。

 

 おいおい、なんだこの変な雰囲気は?

 まさか、これが世に聞く愛の告白って奴かっ!?

 やばいっ!

 あいつを切ったときに、電力が強すぎて頭の配線が何本かいかれちまったのかっ!?

 

 貞操の危険を感じて、俺がこっそり電力を溜め始めた時だった。

バネ足(スプリング・ヒールド)』が突然大きく溜め息をついた。

 

「――やっぱやめた。なんか上手く言葉にできないわ。この件はちょっと後回しにしても良いか?」

 

 俺もほっと安堵の溜め息をついた。

 ふう、助かった。

 この狭い路地であいつともう一戦やらかす事だけは避けられたようだ。

 

「ああ、急ぎの用じゃないんだろ?  何時でも時間の空いてる時に話せば良いじゃないか」

「ん、悪いな。んで、こいつはさっきとはまた別件なんだが……」

 

バネ足(スプリング・ヒールド)』は一瞬照れくさそうな笑みを浮かべた後、また真剣な顔で俺の肩を叩き、

 

 

「……いくら家のミオが可愛くても手を出すんじゃねえぞ」

 

 

 思いきっり肩の上に置かれた手を払いのけた。

 あいつの高い鼻に突き刺すような勢いで指を突き付ける。

 

「お、おおお、お前何を根拠にそんな名誉棄損級の疑惑を俺にっっっ!!」

「姪っ子ちゃんに対するお前の態度を見てたら、誰だって不安になるぜ。もう中学を卒業をしようって子が額をちょっとぶつけただけでギャーギャー騒ぎやがって。過保護も限度を超えたら、疑惑にかわるってもんだ! このロリコン野郎めっ!」

「おう、シットォ! この野郎、俺を便所のナメクジみたい目で見やがったな! そっちがその気ならこっちも遠慮はしないぜ! 『バネ足(スプリング・ヒールド)』、噂によるとお前、『喜劇役者(コメディアン)』の変わりに吉野ちゃんをパートナーにするそうだな。幼女だけじゃ物足りなくって女子高生にまで手を出そうってのか、このペド公め!」

「あっ――こいつ! 女の子を持つ父親に、人として絶対言うてはならぬ事を! てめえ、喧嘩を売ってるのかっ『切り裂き屋(リッパー)』!」

「お前が売った喧嘩を言い値で買ってやっただけだ。拳を振り上げるのは良いが、ここで俺に一回負けたのを忘れるなよ」

「ははん、この前俺さまが深謀遠慮して実力を隠していたことに気付かないとは。お前の顔についているそれはやっぱり目玉じゃなくてたこ焼きだったみたいだな。ヘイ、そっちこそ壁の染みにされたくなかったら大人しく地面に手をついて謝りな!」

 

 ほぼ同時に俺たちは飛び離れた。

 一斉にお互いの武器を構える。

バネ足(スプリング・ヒールド)』は小さな大砲みたいな拳を。

 俺は大砲以上の破壊力を秘めた掌を。

 

 まさに一触即発!

 しかし、第二ラウンドの火蓋が切って落とされる前に、突然スーツの内ポケットに入れてあった携帯が重厚なメロディを奏で始めた。

 

「決闘の前ぐらい、携帯を切っとけよ。しかも、着メロがフォーレのレクイエムって……」

「姪に選曲を任せたら、何故かこれになったんだよ……。ちょっと待て、『華神(フローラ)』からのEメールだ」

 

 ちなみに、レクイエムはラテン語で『安息』と言う意味があるそうだ。

 俺は『山猫(リンクス)』事件の時にたいへん暗い着メロのせいでちょっとうつ病になりかけた。

 だから、今度は何か心安らげる曲を選んでくれと音楽に詳しい姪に選曲を頼んだのだが……。

 

 まさか、死ぬほど安らげる曲を選んでくるとは思わなかった……。

 クラシック好きとして間違っていないのかもしれないけど、家族としてこの選曲はどうよ?

華神(フローラ)』とデートに行って以来、あまり自発的に口をきいてくれないし……。

 ひょっとしておじさん嫌われてるのかなぁ?

 

 いけないっ!

 また目頭が熱くなる前に、メールを読まないとっ!

 

「パーティの参加の催促だよ。始まる前に会場へ行って、準備をしておけだとさ」

「あ、もうそんな時間か。そう言えば、空が暗くなってきたしな。それじゃあ……」

「ああ、そうだな」

 

 懐に携帯をしまい込むと俺たちはさっきと寸分違わぬ姿勢を取った。

 

 俺は高く掌を掲げ、

バネ足(スプリング・ヒールド)』は深く拳を構え、

 そして―――

 

 

 路地裏に拳が掌を叩く音が高らかに木霊した。

 

 

「さっさと行こうか、『兄弟(ジャック)』」

「ああ、手っ取り早く済ませようぜ、『兄弟(ジャック)』」

 

 あいつの拳をぐっと握り締めた後に手を離す。

 お遊びと悪ふざけの時間はこれで終わり、本物の戦いがこれから始まる。

 古い戦場に背を向け、肩を並べて俺たちは新しい戦場へ向かう。

 殺すためだけじゃない。

 子供たちを助けるため。

 

 そして、ついでに、そう少しだけ……。

 昔、あいつが父親から聞かされたというバネ仕掛けの英雄のように、悪党どもをびっくりさせてやろうじゃないかっ!!

 



あとがきのやうなもの


てなわけで。

EX=Gene第二部、『バネ仕掛けの英雄』がこれでおしまいです。

最後までお付き合いくださった読者の皆様、ありがとうございました。


第三部の主人公は、作中でもちらっと登場した変異能力者にして、世界有数の狙撃手『雷撃(サンダーストライク)』。

バネ足(スプリング・ヒールド)』が主人公のお話では、あんまり活躍できなかった彼女ですが、

じつはEX=Geneの世界では『(タートル)』以外、まともに戦える相手がほとんどいないほどの実力者です。

(なにしろ、打てば当たる。当たれば死ぬ、っていうドンデモ能力なもんで)

第三部は、そんな彼女が生まれて初めて出会う、最強の敵との戦いの物語です。

もし、少しでも興味を持ってもらえたのでしたら、またお付き合いください。

では!


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