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踏んだり蹴ったりの犬井④

翌日は病院に行って、肩から腕にかけてギプスをはめてもらった。

予想通り、左肩の骨にヒビが入ったらしい。

きき腕である右腕は、無キズで助かった。

右腕だけでペンは持てるから、小説は書ける。

とにかく休業はしなくても済んだ。

犬井が病院からマンションに帰ると、管理人に出くわした。

「犬井さん、どうしたんですか、その腕?」

犬井が左腕を包帯で吊ってあるのを見て、管理人は驚いた。

「ヤクザの組事務所まで拉致されてね。

走ってる車から、投げ落とされたんです。

まるでゴミでも捨てるみたいにね」

「ヤクザの上納金でも奪ったんですかい」

「犬に噛まれたら、ヤクザに絡まれたんだ」

「そんな腕で、次の読み切り小説は書けるんですかね?」

「右腕は幸いにして無事だった。

だから新作は書けるよ」

「頑張って下さい。次の作品、期待してますよ。

天才作家・犬井、ヤクザにからまれるなんてタイトルじゃないでしょうね?」

犬井は管理人の人を見下したような態度に腹が立った。

「うるせえ、てめえはマンションの掃除だけをしてりゃいいんだ!」

犬井は怒って自室へ帰ろうとしたが思い立って引き返し、管理人に一言付け加えた。

「これから僕の書いた小説、読まないで下さい」


       ― ― ― ― ― ― ― ― ―


何もする気になれず、犬井は昼間からベッドに寝ていた。

こんなんじゃあ、外も危なくて歩く気がしねえ。

ボケーとしていると、携帯が鳴った。

文新社の岩木からだ。

「はい、犬井です」

「もしもし、岩木ですけど。

新作小説の執筆は進んでますかね?

あれから連絡入ってませんけど」

犬井はウンザリした。

岩木が電話をかけてくるのは必ず、小説の催促の話ばかりだからだ。

「またヤクザに絡まれてね。左腕がイカれちゃったんだよ。

だから執筆は残念ながら遅れている」

「やだなあ、犬井さん。今月末が締め切りなんですよ。

ちゃんと分かってます?」

「分かってるよ。俺が一度でも締め切り間に合わなかった事があるか?」

「ありませんけど、今回は特に心配なんです。

犬井さんに不幸が連鎖的に起こってますからね。

今からでも遅くないから、書き始めといて下さい。

じゃあ、頼みましたよ」

岩木が電話を切ると、犬井は舌打ちした。

あのバカ編集者め、作家をなんだと思ってやがるんだ?!

お前のために小説を書いてるんじゃない。


    ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


犬井はマンションの近くのガストへ行った。

朝飯を食べるのを兼ねて、次回の読み切り小説を書くためだ。

犬井は普通、自室では小説は書かない。

いつもファミリーレストランかファーストフード店とか、自宅以外で書いている。

喧騒の中で書いた方がサボる事もないし、集中出来るのだ。

犬井は禁煙席に座るとモーニングメニューのピザトーストセットを注文した。

左腕はギプスをはめているので、右腕だけの食事だ。

ピザトーストをかじりながら、片手で読み切り小説を書き始めた。

新作はサイコキラー物だ。

深夜帰宅途中の若妻が、サイコ犯罪者に連れ去られる。

若妻はサイコ犯人の家で、殺される。

犯人は若妻の死体をバラバラに刻み、森に捨てて新聞社に犯行声明文を送りつける。

一躍、時の人となった犯行は有名人気取りで第二、第三の快楽殺人を繰り返していく。 

ついに警察は犯人の足取りをつかみ、逮捕直前までいくが逃げられてしまう。

犯人は森の中で首吊り自殺の死体で見つかる・・・。

筋書きはこうだった。

犬井は原稿用紙に汚い字で、書き殴っていった。

いきなり、ぶっつけ本番では書かない。

最初は下書きしてからである。

下書きすれば、最初から清書するよりもいい物が出来ると長年小説を書いて体験しているのだ。

犬井はパソコンは使わず、手書きである。

パソコンよりも、原始的な手書きの方が好きだった。

何年小説を書き続けようとも、手書きを変えるつもりはない。

犬井は大ざっぱな下書きを書いていた。

後はこれを綺麗な字で、清書していけばいい。

書く事ばかり夢中になって、食べるのを忘れていた。

犬井は原稿用紙を注意深くカバンにしまうと、食べかけのピザトーストを手に取った。

その時である。 

隣の四人席に、親子連れの三人が座ってきた。

犬井がチラッと横目で見ると、腰を抜かした。

隣のテーブルに座ったのは新藤春雄と憎きバカ息子、そして新藤の奥さんと見られる女性だったのだ。

「よう、クソガキ。わしら、絶対に会う定めになっとるんじゃのう・・・」

新藤春雄がまた笑った。

犬井は全身が震え出し、つられて椅子も震えた。

「どないしたんや、何か言うたらどうやねん?」

新藤春雄が尋ねたが、犬井は受け答えすら出来ない。

「言いたくないなら、言わんでもええわ。

わしらも何か注文せんとのう。お前は何にする?」

新藤春雄は奥さんにメニューを渡した。

「あんた、この人と知り合い?」













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