踏んだり蹴ったりの犬井③
犬井は関東青龍会の事務所のある、屋敷へ運び込まれた。
車の中で目を覚ました犬井は誘拐だ、と叫んだがもう遅かった。
広い屋敷にBMWが停まると犬井は子分にガッチリと挟まれ、座敷に通された。
「そこに座らせろ」
黒スーツの一人が命令すると、犬井は畳の上に正座させられた。
「会長はもうじきおいでになる。
それまで大人しく待ってろ」
三人の黒スーツの男たちは、座敷に犬井を残して消えた。
恐怖で震えている犬井は、今の内に逃げ出そうと考えた。
走ろうとした犬井は、後ろから「待たんかい、ワレ!」という怒号を聞いた。
振り返ると、座敷の奥にはポロシャツを着たラフな格好をした男が座っていた。
「あ、あんたも俺と同じで、奴らに屋敷に運び込まれたのか?」
犬井は奥にいる男に近づいた。
男は顔を上げた。
男の顔には、見覚えがある。
「よお、このクソガキ。また会えたのお」
その男は、馴れ馴れしくしゃべった。
犬井は最初、よく思い出せなかったが数秒経ってから気づいた。
そいつはこの前、電車のホームで俺を殴って気絶させた男ではないか!
「あ、あんたは・・・」
「うちの徹ちゃんはあれ以来、ビビッて外をよおうろつかんようになってしもうたわ。
これも全部、お前のせいじゃ」
「何でこんな所にいるんだよ?!」
「知らないのか。それなら教えてやろう。
わしは関東青龍会親分、新藤精吉の息子、新藤春雄じゃ」
新藤という若手ヤクザは、ニヤリと笑った。
「わしはじきに親父の跡を継いで、関東青龍会のドンになる男じゃ。
恐れ入ったか」
犬井は頭がおかしくなりそうになった。
三代にも渡って、関東青龍会親分に因縁をつけられるとは。
新藤春雄の首にかかっている、金のネックレスが見えた。
ディズニーのミッキーのマスコットがついている。
悪趣味なネックレスだ。
「ふざけたネックレスだな、それ」
犬井がつぶやくと、新藤春雄は怒って立ち上がった。
「何やとう、ワレ!
これは死んだお袋が遺してくれた大切な形見じゃあ!」
新藤春雄が犬井に殴りかかろうとした時、「やめんかい、春雄!」という声が後ろから聞こえた。
犬井は振り返った。
後ろには子分を従えた親分、新藤精吉がいたのである。
「すんません、親父・・・」
新藤春雄は、大人しくなった。
「この若造の無礼は目に余る物がある。
エンコ詰めさせるよってに準備しろや」
「へいっ、かしこまりました親分!」
子分一同はドスとまな板を、持ってきた。
犬井は体を、ガタガタと振るわせている。
子分の一人が、まな板の上に犬井の左手を置かせ、右手にドスを握らせた。
犬井の体の震えはさっきよりも、激しくなった。
まるで貧乏ゆすりをしているようである。
「今からエンコ詰めさせろ」
親分が言った。
「へい!」
子分は犬井の手に、自分の手を添えてやって、小指を切らせようとした。
「おい、やめろ!ヤクザがカタギにこんな事するのか?!
警察呼ぶぞ!」
犬井は小指を切らせまいと、抵抗した。
「やってみろ。サツを呼ぼうがムダな事じゃ」
親分が涼しげな顔のまま、言った。
「やめろと、言っとるんじゃ~!」
ドスの刃先は、徐々に小指に近づいていく。
小指が切られる後一㎜という所で、犬井は気を失った。
「肝の小せえ野郎だ・・・」
ショックで気を失いやがった・・・」
新藤春雄が呆れ返った。
「バカな奴じゃな。小指切らせる真似だけじゃったのに。
この若造を適当な場所に捨ててこい」
「へい!」
親分に子分たちが頭を下げた。
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犬井は目を覚ました。
俺は走ってる車の中にいる。
どこなんだ、ここは?
犬井の頭の中は、ヤクザの邸宅に誘拐され、小指を詰めさせられる寸前までいったのを思い出した。
小指を見ると、ちゃんとあった。
奇跡だ。
「お、降ろしてくれ~!」
犬井はBMWの車内で暴れた。
「黙ってろ、このガキ!」
隣に座っていた新藤春雄が、犬井のみぞおちに鉄拳を入れた。
犬井は涙を流して、前かがみになった。
「おい、クソガキ。親分は寛大なお方だ。
だからこうして今も生きていられるんだ。
関東青龍会の怖さ、とくと身に染みたか」
助手席に座っているヤクザが、振り向いて言った。
「もうここら辺でいいだろう。降ろしてやれ」
「へい!」
新藤春雄が命令すると、走行中に関わらず、子分がドアを開けた。
犬井は確かに走ってる最中の、外の景色を見た。
「あの、降ろすなら駐車場で・・・」
「あばよ!」
子分は犬井の服をつかみ、外へ引きずり出した。
走行しているBMWの車内から、犬井は放り出された。
衝撃で肩を打ったらしい。
犬井は後続車にひかれそうになったが、急ブレーキを踏んでくれたお陰で助かった。
「バカ野郎、死にてえのか!?」
後ろを走っていたダンプの運転手に怒鳴られたが、犬井は肩の骨にひび割れた衝撃で、何も話す事が出来なかった。




