お夏の幽霊
斉藤信行はデスクトップのパソコンで、週刊誌の読み切り小説をうち終えた。
今度のは時代劇ものであり、怪談ものだ。
ビールの缶を開けると飲みながら、最初に戻って読み直した。
面白いものが書けたと、自分でも感心してしまう。
「最高傑作だ」
つぶやく斉藤の背後から、見知らぬ女の声が聞こえた。
「この野郎、下らねえモノを作ってくれやがったな」
斉藤は驚いて、後ろを振り返った。
誰もいない。
おかしいな。
空耳にしては、リアル過ぎた。
斉藤はパソコンの画面に、向き直った。
「てめえは最低の作家だ」
また後ろから声が聞こえたので振り返ったが、誰もいない。
しかし今度こそは、空耳ではない。
ちゃんと聞こえた。
誰か隠れているのではないかと、斉藤は部屋中を探した。
誰も隠れていない。
「明美か・・・」
斉藤は怒って二階から一階に降りた。
一階のリビングルームでは、妻の明美がソファーでお笑い番組を見て笑っている。
斉藤はテレビを隠すようにして、妻の前に立った。
「おい、そんなに俺の作品が気に入らないのか?!」
「え?」
キョトンとする明美。
「何の事?」
「俺の作品に文句があるなら、直接言えよ!」
「何を言ってるの?!」
明美はリモコンでテレビを消した。
「お前なあ、俺を最低の作家だと思っているのか?!」
「思ってないって。どうして突然怒り出すの?!」
「俺の部屋にコッソリ入って、陰で文句言ったろ?!」
「そんな事・・・。あたしはこうしてテレビを見てました!」
「ウソをつくな!ちゃんと聞いたんだ!」
「だからあたしは何もしていないって!
テレビを見てただけよ!」
「とぼけやがって!」
二人の夫婦は、取っ組み合いのケンカを始めた。
揉み合いになり、テーブルが倒れた。
斉藤と明美がお互いの首を絞めていると、どこからか声が聞こえてきた。
「お前を殺してやる、斉藤信行・・・」
斉藤と、明美は驚いた。
部屋には一人の、着物を着た女が立っていた。
「誰なんだ、あんたは・・・?」
「何のつもり?警察呼ぶから」
「私の名はお夏。
そこにいる斉藤信行に恨みがあって参った」
「ふざけるのもいい加減にしろ!」
「ふざけてなどおらぬ。
貴様のせいで、お袋を死なせる羽目になってしまった。貴様も死んでもらおう」
「何言ってるの、この人!?知り合い?教えてよ!」
明美は夫の愛人かと思った。
「そんなバカな・・・、小説の主人公が現実に出てきたってのかよ?!」
「その通りじゃ。貴様には責任を取ってもらおう」
「あれはフィクションなんだ!
お前の母なんか、最初からいねえんだ!」
「たわ言など、最初から聞く耳持たぬ。死ぬがよい!」
突然、斉藤は苦しみ始めた。
「うぐわうぐえ!」
「どうしたの、信行?!」
斉藤は口から泡をブクブクと吐くと、全身の骨が粉々になった。
カーペットの上に倒れると、物凄く苦しんでから息絶えた。
「信行、しっかりして!」
明美が駆け寄ったが、斉藤は既に死んでいた。
「そんな、信行・・・?」
明美は怒って、お夏につかみかかろうとした。
「あんたも死にたいのかえ?」
寸前で、足が止まった。
「いえ、死にたくありません・・・」
明美は直立不動になって、動けなかった。
「あんたは関係ないから、命は助けてあげるよ。
では、さらばじゃ」
お夏は幽霊みたいに、フッと消えていなくなった。
部家に残されたのは、死んだ夫と未亡人の妻のみとなった。




