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孤児院の裏にはそこそこ大きな森がある。
森の中には木々や草花があるだけで他には何もない。
果物もなければ、危険なモンスターも存在しない区域だ。
そんな森の中では、木々の隙間から差し込む光と早朝特有の澄んだ空気が混ざり合って幻想的な光景を見せていた。
その森を少し進んだところには木々が少なくて視界良好の場所があり、そこに一人の少年が力なく項垂れていた。
何かに絶望をしたかのような暗い表情を浮かべている少年の視線は、なぜか自身の下腹部を差している。
「はぁ、なんだってこんな犯罪臭がやべぇスキルになったんだろうなあ……」
大きな溜め息をついた少年の視線の先には長さ1メートルほどの一本の剣が美しい輝きを放っていた。
それはまるで、お釈迦に登場するような勇者が持っていてもなんら不思議はないほどに圧倒的な雰囲気を醸し出している。
そんな聖剣をこの身に宿した少年は自分以外誰もいない森の中で一人自傷気味に呟く。
「……なあ、信じられるか? こんなカッコいい剣がよ……なぜか俺の股間から生えてるんだぜ……どうよ? 俺のこの姿は? 股間から剣を生やしてファイティングポーズを決め込んでいる俺の姿は? ははっ、どうみても犯罪臭を匂わせるやべえ奴だろ? ーー俺だって死ぬほど思ってるわッ‼︎」
若くして悲しい運命を背負う者となった少年は激昂した。
無論、この少年はーー剣菱愛大である。
愛大の様を見たら分かると思うが、あの忌まわしい5歳の誕生日から更に5年の月日が流れていた。
まだ幼い子供には変わらないが、5歳の時と比べていくらか精悍な顔つきになっているようだ。
そんな愛大は自身から生える剣、否、性剣をまるで親の仇とも思えるような眼差しで睨みつけながらも思う。
超絶かっこいいチートスキルで頭空っぽにして俺TUEEE。
美少女たちとイチャイチャハーレム。
誰からも尊敬され、誰からも愛されるまさに憧れの存在。
そんな最高にイージーモードの異世界ライフを送ることを欠けらも疑わなかった愛大。
しかし結果はお察しの通りである。
現実がそう簡単にそんな妄想全開の激甘展開を許してくれるはずなんてなかった。
そんなものは所詮、主人公バンザイ的な御都合主義の創作物内でしか起こりえない空想。
現実はいつだって無情であった。
蓋を開けてみれば、この悲惨たる結果。
王道テンプレ盛り盛りの俺TUEEE系主人公みたいな感じで、何もかも上手くいくに決まってるだろ?
と、謎の自信に満ち溢れていたあの時の自分をブン殴ってやりたいと心底思っていた。
「これがその末路か……はぁ、溜め息が止まんない、涙も止まんないわ」
自身の見た目の変態加減に絶望した愛大はもう何度目かになるかわからない溜め息をこぼした。
あまりに理想と掛け離れた現実に泣かされ続けてから、気がつけば5年の月日が過ぎたこともあり、ようやくこのスキルとも向き合う決心がついたようだ。
「……はぁ、でも仕方ないよな。もうこのスキルとともに頑張って生きよう。どのみちそれしか選択肢ないし……」
正直まだスキルについて文句は尽きない愛大。
でもこのまま嘆なげいていても無意味なことは流石にもう理解している。
愛大は転生を果たしているので既にこの世界の住人。
それはすなわち、もうこの世界で生きる以外に選択肢はないのだ。
とはいえこの世界は地球のように平和ではなく、そこら辺に危険が満ちている。
愛大を送り出した神様曰く。
様々な種族に被害をもたらすモンスターや悪意のある人間の襲撃なんてことも当たり前のように起こる世界だという。
そんな危険な存在といつかエンカウントしてしまう可能性は限りなくある。
それは明日かもしれないし今日かもしれない。
仮にエンカウントしたときには最期。
今の愛大では、なす術なく殺されるのがオチだ。
スキルがどうであれ、せっかく第2の人生という幸運を得たのには違いないだろう。
どうせならこの世界を謳歌してから死にたいと思う愛大はおかしくはない。
というのに謳歌する前に殺されるなんてのは流石に御免だろう。
「スキルは死ぬほど残念だったが、もう割り切って他に楽しむことを考えた方がずっといいよな。グダグダ嘆き続けるとか、本当の意味で時間の無駄だし。こんな犯罪臭がやべえスキルだけど紛れもなくコイツが俺の生命線だ。どのみちコイツに頼るほかない。もしかしたら、とんでもないチートスキルに目覚めるかもしれないしな! そうなるように期待するか。まあそうなっても見た目は最悪なんだけど……いや、この際目をつぶろう」
一人長々と決意を新たにする愛大。
そう割り切ると、少し元気というか活力的なものが湧き上がってきた。
うん、もう悲観するのはやめて、俺はこのスキルとともに頑張って生きていくぞ‼︎
と、誰もいない森の中でそう心に誓った。
「これからも色々愚痴吐くと思うけど、よろしく頼むぞ相棒‼︎」
と言いながら、愛大が股間から生えた性剣を見ていると。
愛大の声に呼応したように剣先がビビンと反り返り、輝きを増した。
喋らないはずの剣が『おう、こちらこそよろしく頼むぜ相棒‼︎』とでも言っているような気がした。
そんな性剣に愛大はフッと笑いかけ。
「やっぱり性剣へし折りたいかも」
思わずそんな言葉が出てしまった。